第545話 獣との対話#2

改めてアマロックの言葉を反芻してみて気づいたのは、

訊かれているのは、”どこに仕舞ってあるか”、であって、それが何か、ではないということだった。


”どこに?”


・・・本当は今でもウィスタリアに、なのかも知れない。

けれどそれだともう、取り戻す見込みがないってことになるわけで、回答として虚しいというかしょっぱい。


そうでないとしたら、あとはここトワトワトに、ということになる。

でも、に?


ファーベルやヘリアンサス、クリプトメリアとの日々、

失くなった今でも離れがたい温もりの残る臨海実験所、、ではない。


イルメンスルトネリコの巨木・・・オシヨロフの鏡の内湾、兜岩、竜の岬に人魚の入り江、それらの名前のついたいずれでもない。


幻力マーヤーの森の名もない峰に沢、果てしない山々、、

だいぶ近づいた気はするけれど、やっぱり何か違う。

言うならば、その”どこか”ではない・・・・・


ふと、どこから出てきたのかわからない考えが、静かな閃きとなって降りてきた。


「きっと、」


果たしてアマロックは、自分との会話がまだ続いているつもりでいるか覚束なかったが、

ひとりごとでもいいやと割り切ってアマリリスは言葉を継いだ。


「あたしはまだ行ったことがないところ、

どこにあるか分からない場所、かなっ。」


”あの山の向こう”にまで行ったっていうのに、このうえどこに??

その支離滅裂な、そして結局とんちなのかよっていう考えは、しかし不思議と、アマリリスの胸にすとんと収まった。


異界に暮らす人間の苦悩、

触れ合える距離にいる相手と心を分かち合えない孤独や、姉弟オオカミの運命に関する暗い予感、

未来に対する不安、といったものは、苦い塩が水に溶けるようにスッと消えていった。


吹雪の夜の幻想、鶏の脚の小屋や、百人長ソートニックの邸、名にし負う首府みやこから、

一時的にせよ目醒めて、白一色の冬の森に、魔族と共に生きる生活に戻ってきた感覚がした。


気後れは胸に秘めて、アマリリスはゆっくりとアマロックの腕を取り、引き寄せるようなふりをしながら、自分の身をすり寄せていった。

アマロックは何も訊かず、また、アマリリスの仕草や表情に何かを確かめるような素振りもなく、唇を重ねてきた。


ほらね、心が通じ合うことはなくても、

話題なんかわざわざ探そうとしなくても、

アマロックはいつもこうして、あたしの大好きなコトをしてくれる。

あたしの願いはもう叶ってたんだ、いちばん大切なものはこの胸の中に、っていうのはそれはそれで紛れもない真実ほんとうなのよ。


ああそれにしても冬だから💢

この厚ぼったい毛皮服のせいで、腕を組んでもじかに触れ合えないっ!

フードを被ってるから、髪やうなじを撫でてもらうことすら出来ないっ!


けど仕方ない、去年の冬の、川にドボンみたいなのはもう勘弁だし、春が来るまで(長っっ)我慢しよう。


ホントは、キスだけじゃなくてもっと過激なことを求めてくれたっていいんだけど、、

それも仕方ない、アマロックが求めてくるまでの楽しみにとっておこう。


未だに自分からはキスを求めることもできない怯懦を、アマリリスは自分の慎みぶかさだととらえることにし、

アマロックとの現在の関係の安堵に身を置いて、その先にあるものに対する、心に底流する恐れには目を向けまいとしていた。

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