第543話 喪われたものたち#2

少し怖い想像があった。


アマリリスにはオオカミの心がわからない。

幾ら彼らと放浪の日々を重ねても、アマリリス自身がオオカミになってみてさえそれは変わらず、

彼らの心と思えるものを、アマリリスはついぞ見つけることができなかった。


それは、アマリリスには感じられないということではなく、事実なのではないだろうか。

星の輝きを見つけようとしていくら井戸の底をあさってみても見つからないのと同じで、

もともとオオカミに心など存在しないのではないか、だから、、、


それはアマリリスのこれまでの観察を説明してくれる、単純明快な結論だった。

何度も言われてきたことではないか。

魔族には、(つまり獣には)魂がない、と。


でも、、、



目を閉じれば古い記憶、ウィスタリアの農場の情景が浮かんだ。


葡萄棚の眩しいみどり、降り注ぐ暖かな日差し。

そこで大はしゃぎしてアマリリスにまとわりつく子犬。


星も月も見えない夜、ごうごうとく風。

動かなくなった母親の横で、震えながら立ちすくむ生まれたばかりの仔山羊。


あれは何だったの?

獣であっても、人間と暮らす家畜には心や魂が宿る??

何かウソくさい。


むしろ、一種の錯覚だったと考えたら?


喜びに弾む心、悲しみに押しひしがれた心。

それは彼らの中にあったんではなくて、人間であるあたしが拵えて、あたしの方から、その時々の彼らの状況に重ね合わせていた、架空の魂だったんじゃないの?


野性の獣と家畜が違うのは、人間と暮らしていて、人間が家畜を選ぶから。

クリプトメリア流に言えば、人間が心を投影しやすい個体を人為的に選択することで、自然とそういう品種に出来上がっていった、ということじゃないだろうか。。


「・・・」


アマロックとじっと見つめ合っていたことにふと気づいた。

周囲のオオカミたちも、アマロックと同じ視線を彼女に向けていた。


次第に、何が気になってここまで考え詰めていたんだか自分でもわからなくなってきた。

単純なことじゃない、オオカミには心がない。

魔族にも魂はない。

ないものは仕方がない、別に何かが変わるわけじゃ、、。


ただこれで、アマリリスは異界でたった一人、人間である彼女だけが有する、心の重みとでもいうべきものを抱えてゆかなければならないことになった。


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