第540話 ビサウリューク、あるいは降誕祭の前夜

やがて自分に向かい合って並んだ相手――、を、ウェージマ妖女・アマリリスはしげしげと眺めた。


なんだっけ・・・

マフタル・バヒーバ・バハールシタ、に、実はもうひとり居たんだっけ。そいつがビサウリュークでよかったかな。(そうだっけ??)


人型魔族が、髪や瞳の色、耳朶の形といったパーツに違和感はあっても、概ね人の姿に見えるのに対して、

このビサウリューク[暫定]は、より半獣半人らしいというか、優美な野性の獣が、その特徴は最大限残しつつ、シルエットだけ人間に寄せてきたような、そんな雰囲気だった。


赤い光を灯す瞳は人間よりも明らかに大きく、瞳孔が縦に切れたスリットになっていて、

その目で見つめられると、心の奥底まで見透かされるような、隠しているどんな小さな想いも洗いざらい見られてしまったような気分になる。

肉桂色の鼻鏡から口にかけて、縦に筋が入り、上唇が山なりになった、うっすら笑っているような表情を作り、頬にかけてピンと張ったヒゲが4、5本左右に飛び出している。


ネコっぽいのはいったんそこまでで、頭はメリノー種の羊毛みたいな、クリーム色のムク毛で覆われ、悪魔のシンボル、渦を巻いた角を戴いている。

しかしこれは、ムク毛と角のセットでそういう被り物なのかも知れない。

そう考えるとユーモラスだが、というのも、ムク毛を突き抜けて、三角の獣の耳が突き出ているからだ。

むしろこの被り物をしているから人間っぽいのであって、被り物を取ったらまんまネコっていうフォルムなのかもしれない。


そんな様子が、首から下のコスチュームにも垣間見えた。

ビサウリュークの証拠の赤、ボレアシアの悪魔ディアブロが着るような、小洒落た仕立の赤いフロックコートを着て、足元は靴下留のついた靴下履きっていう伊達っぷり。

けれど、外に覗いている手首は、顔と同じ質感の短い灰色の毛に覆われ、掌には肉球のついた獣の前肢だった。


ビサウリューク[暫定]は卑屈な、それでいていかにも好色な表情を浮かべて、へこへことアマリリスに近づいてきた。

そして彼女の耳許に口を寄せて、しきりに何ごとか囁くのだった。

獣の声で喋るものだから聞き取れないのだが、何を言っているのかアマリリスにはちゃんとわかった。


”ボクは悪魔だけれど、こんなにキミに想いを寄せているんだよ、キミが欲しくて欲しくて胸が張り裂けそうさ、

キミがウンって言ってボクの欲望おもいを叶えて、やさしくなぐさめてくれないことには、もうボク何をしでかすかわからない、

たぶん水の中に飛び込んで、魂だけは灼熱地獄に真っ逆さまってことに・・・


てなことを掻き口説いているのだ。


やれやれカッコ悪いやら情けないビサウリュークだこと。

こんなのがアーニャとワーニャの命運を握る悪の親玉、でいいの?

けれど、悪い気はしないというものだ。


それを見るやビサウリューク[暫定]はハァハァ息を切らせながら、図々しくアマリリスにすり寄ってきて、ニタリと笑った。

アマリリスが2割ぐらいの苦笑いが混じった妖艶な笑みを返すと、今度はアマリリスの手を取って、ルパシカの袖をめくりながら手の甲や腕を、しきりに肉球で撫で回すのだった。

そして狡猾ずるそうな、それでいて妙に取り澄ましたような表情でアマリリスの顔色を覗い、


”ええと、これは何というものでしたっけね?美しいアマリリスさん


とかバカバカしいことを言っている。


「何って、腕でしょ。

そんなことも知らないの。」


アマリリスはバカにしたように言ったが、その声色には一向にキツさが込もらなかった。

ビサウリューク[暫定]は感心したようにちょっと後ろにのけ反ってアマリリスの腕を眺め、

今度はアマリリスのプラトークと、首筋にかかる長い髪を掻き上げ、うなじを、ちょっと突き出した爪の先で慎重になぞりながら言う。


”それじゃあ、これは何でしたっけね?ボクの大事なアマリリスさん。


「なにって、うなじでしょ。

ゃん、こちょばぃ・・・」


じわりと熱を帯びた吐息が漏れた。


”なるほど、これがうなじというものでございますか。

それじゃあ、は何というのですか?たまらなくステキなアマリリスさん・・・?


そう言って両手で招き猫のポーズを作ったビサウリューク[暫定]が、いったいどこに触れるつもりだったのか知るより前に、

アマリリスは甲高い嬌声をあげて身を翻した。


暫定にせよ何にせよ、ビサウリュークとこんなことしてちゃダメでしょ、とたしなめる声もあった。

#そういえば、アマロックってこの夢には出てこないのね。


でも仕方ないよね、今のあたしはウェージマ妖女なんだもん。


「寒いね、あったかいトコ入ろ。」


懲りずにすり寄ってきたビサウリューク[暫定]を慰めるようにやさしく抱いて、地上へ、遥かな雪と森の彼方、臨海実験所の煙突へと舞い降りていった。

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