第537話 名にしおう首府〈みやこ〉#2

女帝からの使いの案内で、彼のお仕着せ以上にゴテゴテの、おとぎ話に出てきそうな馬車に乗り、

どこもかしこも灯りでびかびかと光っている首府みやこの街並みを走り抜けることしばらく、

大通りの突き当りにある、ひときわ大きく壮麗で、まばゆいほどに明るく照らし出された建物の前で馬車は止まった。


何十人もの人が横一列に通れそうな大階段を登り、象の出入り口ですかと思うような玄関をくぐる。

床の上でスケートが出来そうなほど磨き込まれ、壁にはかつての権力者だろうか、実物の5倍の大きさがありそうな肖像画が飾られた大広間をいくつも通った。


アーニャは、宮殿の豪華絢爛にすっかり呑まれてしまい、こんな立派な階段や床を自分が踏んでいいものかと、ビクビクしながら歩をすすめ、

ドアノブ一つにさえ途方もないお金がかかっているであろう、豪華な内装を、目にするのも畏れ多くて気が引けるような思いで眺めていた。

一方のスネグルシュカは堂々としたもので、まっすぐ前を向いて背筋をしゃんと伸ばし、とり澄ました顔で案内役の従僕の後をついていった。


既にいくつの部屋を通り過ぎたか分からなくなってからしばらく、2人は大勢の人が居並ぶ広間に通された。

金ピカの刺繍に飾り紐をじゃらじゃら垂らした軍服の将軍とか、

孔雀の尾羽みたいな長い裳裾のドレスを着た貴婦人といった、見るからに身分の高い人ばかりで、

彼ら1人づつにお付きの者が居るんじゃないかという人数の従僕たちまで、金糸とフリルで飾り立てた衣裳をしていた。


貴人たちのひとり、身体が、縦にも横にも大きくて、大総帥ゲトマンの制服を着た男が前に出た。

そして彼の背丈の半分ほど、幅に到っては5分の1ぐらいじゃないかっていう少女2人を、ギョロリと見下ろした。


その左目は義眼であり、実に精巧に作られてはいたが、それでも右目との印象の違いが目立ち、斜視であるかのように、視線があらぬ方向を向いているのが奇異に感じられた。

縮れ、もじゃもじゃに乱れた髪に、髭はなく、そのため分厚い唇や、堂々たる二重顎が作る、傲慢そうな表情がよく見分けられる。

金ピカ服の将軍たちまでもが、ひとりこの男に対してはヘコヘコしているところを見るに、相当な地位の人物なのだろう。


自分の魁偉や、尊大な物腰が、少女たちを威圧していることに気づいたのだろう、

大総帥ゲトマンが、自分を少しでも小さく見せようとするかのように背を屈め、顔じゅうが口になったような笑顔を作ってみせると、

アーニャはいっそう怯え、スネグルシュカの後ろに隠れてしまった。


男は少し傷ついた様子をみせ、咳払いをひとつしてその場を取り繕うと、

やや鼻にかかった、不快ではないが、耳にまとわりつくような声で尋ねた。


「間もなく女帝陛下がお見えになる。

ご下問にどのように返答申し上げればよいか、心得ておるかな?」


「もっちろん、ボクに任せといてっ!」


スネグルシュカはその背に怯えた仔オオカミを隠したまま、反らせた胸をポンと叩いた。


にわかに周囲が慌しくなり、金糸フリルの従僕や、サテン生地の見本市みたいな貴婦人が大勢、広間に入ってきた。

あまりにも金ピカで色とりどりな人たちがせわしなく動き回るので、アーニャは目がまわり、キラキラと燦やく光の他には何も見えないように思えた。


「御免なされませーー、御免なされませーー、

~~~っ」


スネグルシュカは五体投地の勢いで平伏し、ココシニク頭飾りを床に擦りつけるようにして言った。


「女帝陛下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう~~~。」


衝立てになっていたスネグルシュカの身体がなくなってしまったので、アーニャも慌ててひざまずいた。

スネグルシュカの後ろに縮こまるようにして、抱いているハリネズミともどもお辞儀しながら、アーニャは、高貴の中の高貴、雲の上の地位にあるその女性を上目に見上げていた。


小柄で小肥り、お年のほどはたぶん、おばあちゃん、と呼んでもさしつかえないご年齢のはず。

たぶん、というのは、とんでもなく手間と費用をかけてお手入れして、少なからず若く見せているであろうし、

何より、その空色の双眸が見せる眼差しや、鷹揚な笑みといったものが、独特の、年齢を超越した雰囲気を作り出しているからだった。


実際、きらびやかな宮廷人の間にあって、その装いは場にふさわしく豪華とはいえ、

服飾によって何らかの権威を示そうとする意図の感じられるものではない、この女性にはそんなものは必要なかった。

真の帝王だけが備える、あってたけからぬ、それでいて何人なんぴとをも屈服させずにはかない威厳が、言わずもがな、彼女が誰であるかを物語っていた。


一方でアーニャは、直前までその場を支配していた大総帥ゲトマンと、女帝を見比べることも忘れなかった。

女帝が現れた今やその影であって、君主と臣下、の関係にありつつ、その雰囲気はよく似たものになっていた。


「おちなさい。」


涼やかな声が、2人の上に朗々と響いた。


「なりませぬーー、なりませぬーー、

陛下、畏れ多くてござりましゅる~~。」


スネグルシュカは床に顔をくっつけたまま、お経を読むようなもにゃもにゃとした調子で答えた。

偉大な女帝は空色の目でもの珍しそうに、スネグルシュカと、ハリネズミを抱いたワーニャを見つめ、2人に更に歩みよった。

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