第536話 名にしおう首府〈みやこ〉#1

一面の闇の中、仄赤い、ぼやっとした光のとして現れてきたものは、にわかに羽ばたいた火焔鳥フェニクスの翼のように、みるみるうちに視界いっぱいに広がり、

翼獅子の背の2人と一匹は、名にしおう首府みやこの、色とりどりの灯火あかりもおびただしい、光の洪水の中へと吸い込まれていった。


建物や街路はどこもこんもりと雪をかぶっていて、空気はキンキン音がしそうにみとおり、黒々とした運河の水には、橋の上のガス燈がいっそう寒々しく欄干の影を落としている。

けれどこの時間でも、街路という街路には、四隅にあかあかと輝く油燈ランタンを吊るした馬橇が列をなして行き交い、

歩道にごった返す通行人の影を、幻燈劇のような大映しで、建物の壁に投げかけていた。


灯りの眩しさと、人や車の多さや、動きの目まぐるしさに、アーニャとスネグルシュカは目がチカチカした。

まるで彼女たちの到着を歓迎するために、首府みやこじゅうの灯りを掻き集めてこの街区に万光飾イルミネーションを施したのだろうかと思う眩しさ、

人も馬もそれにつられて群がって来たに違いないと思えるほどの喧騒だった。

建物まで、そんな高い建築物があるとは想像もしなかった4階建ての大廈高楼ビルヂングが、無数の目のような窓いっぱいに灯りを点して、上から覗き込むようにそびえ立っている。


建物の軒に切り取られた細長い空は、月も星も、ウェージマ妖女が隠してしまったままで、相変わらず真っ暗の闇空だったが、

ここでは誰も、夜道や、人生の迷いの導き手を、天体には期待しないに違いなかった。


あたりをきょろきょろ見回しながら、後ろに巨大な翼獅子を従え、1人はハリネズミを抱えて街路を歩いていく少女2人を、

すれ違う人や馬車は不思議そうに眺めていた。


「女帝陛下の御殿はどちらかしら。」


巨大な青銅の騎士像の前で、アーニャは足を止めた。


「あっち。

だけど、ボクらがいきなり『こんにちはっ』って会いに行っても、会ってくれないよ~ww

なんたって女帝陛下だもーーん。」


「え、、じゃぁ、どうするの?」


ワーニャをもと人間の姿に戻すには、女帝からパンノチカ令嬢への祝福の品を貰い受けなければならない。

なのに、「会う」という第一の関門をクリアするのもままならないようでは、”女帝が一番大切にしているモノ”をGETするなんて夢のまた夢だ。


早くも涙目のアーニャをよそに、スネグルシュカは歩道の雪を蹴散らして舞いながら答えた。


「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。

♪ あったことか・なかったことか?

昔から、イイ取り引きは三顧の礼にあり、ってね!」


「・・・3回ぐらい、お願いしたら会ってくれるかなぁ?」


にぇーっとちっがーーう

逆なの、女帝陛下がボクらにお願いするの!」


そして、時間もないことだし「3」にはこだわらなくてよろしい、と言って、

大きな川にかかる橋のたもとから、河岸のほうへ降りていった。


そこは船着き場と、市民の憩いの場を兼ねたようなスペースで、

鉄の欄干越しの河に向いてベンチが並べられ、ガス燈の淡い明かりのもと、恋人たちが、友人同士が、愛の囁きや愉快なお喋りに興じていた。


スネグルシュカは、河の中に突き出している木組みの桟橋の先へと歩いていった。

先端のところに両足を揃えて立ち、両腕をピンと伸ばして斜め上へと差し挙げた。

その様子は、すぐ足元の真っ暗な水面に向かって高飛び込みを試みようとしているかのような、不吉な雰囲気もあった。


周りにいた人たちが少しざわざわしはじめた時、

スネグルシュカは腕を大きくしならせて、地上の鶴が天空へと舞い上がろうとするような仕草を見せた。


次の瞬間、河の中からおびただしい数の翼が、燐光を放つ、鷺のような白い鳥が水面を割って現れ、空へ飛び立った。

鳥は次から次へと水中から現れ、途切れることのない白い光の奔流となって、両腕を羽ばいて彼らを鼓舞するスネグルシュカの周囲に螺旋を描きながら、闇空へと舞い上がってゆく。

彼らが夜空を越えて消えていってしまうまで、その不思議な光の竜巻は、何キロも先から見つけることが出来た。


延々と尽きることがないように思われた飛鳥ひちょうの列が、次第に途切れがちになり、

ついに水中から現れた最後の一羽が天に昇っていったとき、


「ばいばーーい!」


スネグルシュカは闇空に消えていく光に向かって大きく腕を振り回した。

つられて手を振ったアーニャが地上に視線を戻すと、2人の後ろに立っていた男、

金ボタンやら金モールやらでゴテゴテのフロックコートに、愛玩犬のムク毛みたいなかつらという、冗談みたいな格好の男が、うやうやしく一礼した。


「女帝陛下におかれまして、ご引見くださります。」

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