第534話 目醒めて#2
ひとりぼっちの身の上同士で、青いイルカの島の少女に肩入れしたり、
スネグルシュカなんてスピリチュアルを召喚してみたり、さらにアーニャ/ワーニャを擬人化して引っ張り込んだり、
(そのせいでワーニャが、、と思うのは考えすぎか。)
それもみんな、きっとこの苦しさのせい。
アマロックと一緒に居られれば、他には何もいらない。
なんて言っておきながら、そのとおりにならないあたし自身の心のせい。
きっとあたしにはまだ、覚悟が足らない。
あたしは人間だから、オオカミになりきれなくても、人間としての生き方があるから、
まだどこか、そんなふうな考えを残している。
それじゃぁ、
彼女たちのために、あたしに出来ることといったら――
オオカミとして生き、獲物を狩り倒して、”おこぼれ”を拵えてあげること。
アマリリスの中で、何かが、
浮いていたピースが、本来あるべき場所をみつけてパチリと
オオカミの姉弟を救けたい、という考えこそ人間ならではのものであり、それが生じさせた変化も、人間としてのアマリリスの内面だった。
しかしその変化は、アマリリスが無意識のうちに咬ませていた枷から、オオカミとしての自分を解放し、
オオカミの身体を借りて、ではなく、”オオカミとして”生きることを可能にするものだった。
同時にそれは、ひとりの人間の少女としてのアマリリスには酷な決断であったとも言える。
愛するものと心を通じ合えないという状況に、心ある人間ならば感じるのが当然の苦悩を、惰弱と断じて封印しようというのだから。
しかしアーニャ/ワーニャの救済も、アマロックとの結びつきを維持することも、そうすることではじめて可能になると、彼女の直感は正しく見抜いていた。
変化は、翌日、いや翌々日の猟果となって現れた。
ここのところ、オシヨロフの群は不猟が続いていた。
なわばりの中にアカシカの群は来ているのだが、雪面のコンディションが悪かった。
アカシカなら蹄で踏みしめられる深さに、よく締まった堅雪の層があるのに対し、
オオカミの脚はそこまで届かずに、表層の軟雪を漕ぐような格好となり、追いかけても、脚力の差で逃げ切られてしまうのだ。
大雪が降って、シカもオオカミも足場の条件がイーブンになるなど、状況が好転するまで狩を中断するという方針もありえたが、
オシヨロフの首領は、よりスマートに思えるその選択肢は取らず、分の悪い勝負に愚直に賭け続けることを選んだ。
それはひとえに、未来は予測できないからだった。
雪面の条件が変わった時に、なわばりの中にアカシカの群がいるという保証はどこにもないし、
今の群を追い回している間に、どれかが脚を傷めて群から落伍する可能性もないわけではない。
人間の集団を率いるリーダーであれば、えてして報われない忍耐を要するこのような状況の時、
努力は必ずいつか、たとえば神の采配によって報われると説いてメンバーを鼓舞するものだろう。
アマロックはそんなことは言わない。
メンバーたちもまた、自身の身の振りようを決めるのに、そのような説得や動機づけを必要としてはいなかった。
包囲を仕掛けてはすり抜けられることを黙々と繰り返すオシヨロフのオオカミたちに、
この日にアマリリスがとった行動は、ある種の錯乱とすら映ったことだろう。
追跡をしかけたアカシカの群に、易々と振り切られたオオカミたちを、高みの見物とばかりに眺めていたヘラジカがいた。
若い、単身の牡ジカだった。
とはいえ例によって、オシヨロフのオオカミはヘラジカは追わない。
若いとはいえすでに肩高は2メートル近く、単身で、オオカミどころかヒグマを相手に一騎打ちで勝つような相手だ。
昨年の冬のように、よほど窮乏が厳しく、かつ一定の勝算(アマリリスのせいでぶち壊しになった、”女首領の群に便乗作戦”のような)がある場合に狙う例外的な獲物であって、
条件が悪いとはいえ、なわばりにアカシカがいる今、手を出して無駄に体力を消費する相手ではなかった。
そんなヘラジカに、こともあろう、
これまでアカシカ狩りで一度も役に立ったことのないアマリリスが、単身で立ち向かっていった。
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