第527話 姉と弟#2
風来の居候のことを、アマリリスは自らオシヨロフの
あたしが黙っていたところで、いずれアマロックは絶対に気づく。
それならばと先手を打って出たのだった。
もしオオカミの群に掟があったとしたら、こういうよそ者は直ちに排斥すべし、って書いてあるんだろうけど、知ったことじゃないし。
そしてあたしとアマロックの間柄(どういう間柄かはおいといて)なんだから、これぐらいの横車は押し通してなんぼだろう。
まぁ、相手は魔族なんだから、約束させたところで意味はないし、
ファベ子の母親の時みたいに、そうじゃないだろう、っていう展開に持っていかれる可能性もあるのだが。
でも、言わずにいて見つかって殺される、という目に見えて最悪の展開よりは望みがある。
アマロックは、思案するというよりは、こちらの心の奥を覗き込むように、じっとアマリリスを見つめた。
――人間の心なんて理解しない魔族が。
ヘンな感じだ。
予想しなかったアマロックの沈黙に、墓穴だったかも、とアマリリスは不安になってきた。
まだまだ窮乏の季節は続くというのに、おこぼれ、といえば聞こえはいいが要は餌泥棒に追い銭をくれてやれという要求は、
人間と魔族の壁がなかったとしても理解に苦しむものだろう。
アマロックの立場ならば、オオカミの掟のほうに従うのが正しい判断というものだ。
しかし、アマロックとしても、オオカミの掟などは知ったことではないらしかった。
「この場合、引き換えの要望をだしてもよいものかね。」
「え?
・・・えぇ、いいわよ。」
欲しいものをなんでも言って。
”あたし”とか。
「それじゃぁ――」
アマロックが出した、またもや意外な交換条件によって助命を得たアーニャ/ワーニャ姉弟は、
そんなことはつゆ知らず、今日も2頭そろって元気に
こちらがオオカミの姿を見せると、2頭は一目散に逃げていってしまう。
そこでアマリリスはわざわざ人間の姿に戻り、毛皮服とかんじきを身に着けて、姉弟の様子を確認に来るのだが、ひとつ問題があった。
人間の身体になると、当然ながらオオカミの鋭敏な感覚は失われ、
この広大な、しかも雪に覆われた原生林のどこかに身を潜めている姉弟の居場所なんて分かりっこない。
そこで、立っているものは魔物でも使え、ではないが、
オオカミの姿でない時にも、同じくらい鋭敏な感覚を持つ人型魔族に、アーニャ/ワーニャの探索を頼ることにした。
「それにしてもまぁ、物好きなことで。」
食事を済ませ、雪の上で戯れている――じゃれついてくるワーニャをたしなめているアーニャを、
2頭の動作を一つも見落としまいとするかのように凝視しているアマリリスに、アマロックは言った。
アマリリスは苦笑いの混じった、やはりおもねるような表情でアマロックを振り返った。
アーニャ/ワーニャの探索をアマロックが渋るようなら、それも最初の取引に含まれていたんだと!ゴリ押ししてみるつもりだった。
しかしアマロックは、協力を渋るわけではなく、単に不可解、
アマリリスに向けられた言葉の調子は、昨冬、アフロジオンを助けようとして氷の川に飛び込んだ彼女に対するものと同じ、
魔族の目に映った人間の行動への、理解の隔たりを言い表したものでしかなかった。
実際のところ――アマリリスも、これが1頭だけだったらここまではしなかっただろう、という気がしていた。
しかし2頭で、こうして細々と命を繋いできた姉弟のどちらか失われた場合の、残された方の孤独と喪失感は、想像するだけで耐え難い絶望でアマリリスを苦しめた。
「おれは、君の願いを承ろう、
けれど他の連中に見つかった場合のことは責任を負いかねるよ。」
そうなのだ。
アマロックを丸め込んだところで、考えることはまだ他にもある。
未来予測 ――といっても、予知能力みたいなことじゃなく、
人間がするように、未来について考えをめぐらすことがオオカミにあるだろうか。
アマリリスは、自分がオオカミでいる時の記憶を思い返してみて、いや、ないだろうな、と結論づけた。
追いかけている獲物が右に行くか左に行くか、このあと晴れるか吹雪くか、というような、現在と直接つながった未来を察知することはあるけれど、
いずれ、そのうち、ゆくすえ、といったようなスケールの未来について考えるということはしない。
確かにそれは人間に特異に備わった能力で、他の動物に対する強みなのだろう。
アーニャとワーニャに代わって、今はアマリリスが2頭の将来に思いをめぐらせていた。
ずっとこのまま隠れ処生活、というわけにもいかないだろう。
一番いいのは、オシヨロフの群のメンバーとして受け入れてもらえることだけれど、、
他のオオカミたちのことを考えるに、それもないなと思う。
かれらが今、群に新しいメンバーの追加を認めることはないと、オオカミでいる時の直感でわかるのだ。
アマロックを拝み倒してうんと言わせたところで、そんなことをしたら群のほうが崩壊してしまう。
オシヨロフを離れて別の場所へ、、といったところで、
オオカミのなわばりになっていない土地なんてそうそうないだろうし、
運良く見つかったところで、小動物のほとんどが冬眠している今、食糧獲得が難しい。
まだ年若いこの2頭だけでアカシカを狩り倒すのは無理だろう。
結局、未来予測だなんて大層なことを言っても、
往々にして、分かるのは手詰まりだということだけ、だったりする。
できることは未来のことなんて考えない者たちと同じ、消極的現状維持しかない。
まぁ、隠れ処生活で何年も過ごした一家の例もあるんだ。
あたしが協力者になってあげれば、案外アーニャとワーニャの未来も暗くないかもしれない。
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