第524話 鶏の脚が支える小屋#2
廊下のつきあたりは、食堂兼、家人のくつろぎのスペースになっていた。
来客の目を意識した大広間、応接間にくらべると飾り気もなく質素で、むしろ、アマリリスの目にはずっと居心地が良さそうに見えた。
ただ、大きな家の奥まったところにあるので、ちょっと薄暗いのが難点かもしれない。
ここにも誰もいなかった。
奥の引き戸を開けると、そこは台所で、邸の裏手に面しているために窓からよく光が入り、明るい。
窓の下に水場や調理竈、オーブンが並び、右手奥には勝手口のドアが、
窓と向かい合わせの壁際には、食器戸棚が並べられている。
ここに来て、アマリリスはようやく人に出会った。
この邸のあるじの娘なのだろう。
取り立てて着飾っているわけではないが、丹念な刺繍のほどこされたソロチカ、幾重にも掛けられたビーズのネックレス、花とリボンをふんだんにあしらったヴェノク、
といったものを身につけることに、日常から慣れている様子が
端正な、優しそうな顔立ちであると同時に、一種の威厳とも取れる、落ち着いた雰囲気があった。
ラフレシア語の
けれどその表現は、自分への呼びかけとしてすっかり耳に馴染んでしまったので、
ここは似た意味合いの、むしろよりかしこまったニュアンスのある、”
高貴の生まれには場違いにも、娘は一家の炊事場で、質素な木のイスに腰掛け、外の畑から摘んできたらしい麦の穂を
時おり静かなため息をつき、物思いに
足元には飴色のきれいな毛並みの犬が、かしこそうな表情で彼女を見上げていた。
こういう女子が悩みを抱えているとしたらそれは2つに1つ、
彼女の恋を成就させまいとする、悪役令嬢の妨害に悩んでいるか、彼女自身が悪役令嬢で、ヒロインへの効果的なダメージの与え方に悩んでいるか。
・・・いや、そんなこともないか。
けど、いずれにせよ恋愛がらみに決まってる。
アマリリスの脇からスネグルシュカが進み出て、靴音をパタパタさせながら
「こんにちはっ!」
そして、ぴょこりとお辞儀。
・・・あんた、誰に対してもその登場がテンプレなわけね。
娘が反応するまで、長いこと沼の底で口を閉ざしていた貝が動きはじめるのを待つような、奇妙な間があった。
さらに、目にしているものの解釈を、一向にまとまらない思考の中に探っているかのように、
うるうると自分を見上げてくるスネグルシュカのお目々をぼんやりと眺めていた。
「・・・どうして、あんたがここに」
自分のその言葉にハッとなったように、娘の目に生気が現れた。
落ち着き払った様子を保ってはいたが、その手の麦の穂が微かに震えている。
「だって、お姉さんがボクを呼んだんじゃないかぁ。
忘れちゃった??」
あ、そこはさっきと違うんだ。
「だめよ、出てき・・こんなとこに来ちゃ
どんなひどい目にあう・・いいえ、あわされる、、??」
娘の言葉は、些末な表現や語尾を選びあぐねているかのように
やがて不意に、夢から覚めた人のようにはきはきと喋りはじめた。
「お
この間だって、こっそり
・・・
継子いじめ、父親の再婚相手が、血の繋がらない娘を迫害する筋書きのお話は、
古今東西・万国共通、どこの国の民話にも繰り返し現れる、普遍的なパターンといえる。
恋愛、異性に惹きつけられる情動と同じく、継子いじめは、人間が自己保存比率の力に支配されている証拠の一面、
一種の本能のようなもので、だから国や時代が違っても、変わるということがないのだろう。
継母もそうでない母も知らないアマリリスにとって、ほとんどのプロットが継母なのは心外というか、釈然としない思いもあるが、
でも確かに女ってそういうとこあるよね、、と、数多の同性の言動を思い返して納得するところもあった。
「それならぁー、ビサウリュークを
♬赤い
♬全能の魔術師ビサウリューク、どんな願いを叶えてもらうーー??」
スネグルシュカは歌うように言って、
それって、ジェド・マロースをどこかに閉じ込めてしまった悪い魔法使いじゃなかったっけ??
毒をもって毒を制す的な?
てか
「願い。。。
ビサウリュークを
「うーーん??
コロシちゃおかっ、お義母さん!」
スネグルシュカはそう言って、天国の在り処を指し示すように、人差し指をビシリと真上に突き立てた。
「だっ、ダメよそんなの、
お
娘の抗議は懸命ながら、どこか予め用意した台本を読み上げているような感があった。
「だからってぇ~~、
腹いせにお姉さんを
「だからって、殺すなんて」
「だってぇ、あの人が諸悪の根源じゃないかぁ。
あの人を片づければ何もかも片づくじゃないかぁ。
お義母さんがいるから、お姉さんは
お義母さんがいるから、愛しのレヴコーはお姉さんに会いに来れないっ!!」
あれま、結局恋愛がらみでもあったわけか。
「・・・やっぱりダメよ、
神様がお許しにならないわ。
それに、ビサウリュークに関わった人は必ず不幸になるって言うじゃない?」
おや。
ちょっと雲行きが変わってきたかな?
令嬢は台本を離れて、自分の言葉で話しはじめていた。
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