第523話 鶏の脚が支える小屋#1

探す相手もわからなければ手がかりもナッシング、

そんな無理ゲーに手を出す気があるのなら、室内にぼけっと座っていても何もはじまらない。

アマリリスはとりあえず、手近にあったショールを羽織り、

雪むすめスネグルシュカと連れ立って、雪嵐ヴェーチェルの吹きすさぶ酷寒の野に繰り出した。


この時分にこの荒れ模様、この格好ではあり得ないことなのだが、

身を切る寒さも、息を詰まらせるような吹雪の烈しさもまるで感じなかった。

それどころか、ふかふかに積もった新雪の上を、スネグルシュカは普通のブーツ、アマリリスに至っては室内履きのスリッパだというのに、雪に足を取られることもなく軽やかに歩いていくことができる。


生身の人間を悩ませるそれら冬の諸条件が和らいでいるというよりは、

2人の側が冬に、酷寒マローススニェグに同化しているらしかった。

スネグルシュカの新たな同胞を歓迎して、手のひらほどもの大きさがある雪片が、風ぐるまのようにクルクル回転しながら舞い落ちてくる。

この尺度では雪も無色一辺倒などではなく、夏の昆虫の繊細な翅のように、光の具合で虹色に輝き、

最上級の職人が拵えたレース細工のような結晶のつくりは、不思議なことにそれぞれに異なり、ひとつとして同じものがなかった。


薄氷の上を滑る雪片でスケートしたり、そそり立つ霜柱の柱廊で隠れんぼしたりしながら、スネグルシュカとアマリリスは、

樹氷に覆われた森ならぬ、氷そのものでできた森の奥へと踏み入れていった。

そこでは氷柱や針氷の幹がそそり立ち、繊細な紋様を描いて生長する氷の結晶が枝葉を茂らせ、花を咲かせ、

寒気がもたらす造形に、人の目が発見しうるあらゆる驚嘆を映し出していた。


やがて現れたのは、この不思議な世界のなかにあってもう一つの異質、

酷寒に凍りつき、雪に埋もれかけているが、丸太を組んだ壁に板戸の小屋で、蹴爪のついた2本の巨大な鶏の脚によって、空中に支えられているのだった。


スネグルシュカが、彼女の背丈の倍ほどの高さにある小屋の上がりかまちに向かって、二度ポンポンと柏手を打つと、

床下に巻きとめられていた梯子段が、カエルが長いベロを伸ばすようにスルスルと伸びてきて、2人の足元に突き立った。


アマリリスは梯子段から一歩距離を取ったところから、あやかしの家をまじまじと見つめた。

これは、、明らかに、踏み込んじゃいかんやつ。

のこのこ入っていったら、干しプラムみたいな妖怪婆さんがいて、霞で機を織れとか、炎の瓶詰めを作れとか、あれやこれやの無理ゲーを押しつけられたあげく、出来なかったら食われる、みたいなパターンに決まっている。


ところがスネグルシュカは躊躇なく、かなり急な傾斜の梯子段をものともせず、トントンと登っていく。

アマリリスは慌ててあとを追いかけた。


古い神々の時代を彷彿とさせる、奇妙な透かし彫りの飾り板がついた破風の下の戸を開くと――

内部には、小屋の外観からすれば明らかにその内側に収まるはずもない、広々とした空間が広がっていた。


玄関から奥へ続く廊下の左手は大広間になっていて、高い天井は、ひと抱えしても、アマリリスでは腕が回りきらなそうな重厚な梁が幾重にも支えている。

中央に、12人以上が楽に着席できそうな大きなテーブルが置かれ、奥の間仕切りを開け放てば、さらに大人数を収容できるのだろう。


広間の奥を向いて右手の壁には、この地方の折々の生活、春の種蒔きや秋の収穫の風景を描いた絵が飾られ、

その下には、重厚な石を組んだ、中に4,5人が並んで腰掛けられそうな暖炉が作られてあった。

しかし今は火の気がなく、ひっそりと静まり返っている。

暖炉の向かい側の窓からの眺めは、一面のみどりが、なだらかに続く丘へと広がり、明るい陽の光が降り注いでいた。


廊下まで戻って、大広間の向かい側、玄関から奥を向いて右手は、応接間と、このやしきの雇い人の詰め所を兼ねたような大きな部屋になっていた。

豪華なソファーが並べられ、壁には、いにしえいくさで使われた武器や軍旗が飾られている。


全体に、明らかにただ金持ちというだけの家じゃない。

百人長ソートニックとか、へたしたらこのあたりの豪族の住まいなのかもしれない。

うっかり入っちゃったけど、バレたら結構マズいことになるんじゃ。。。

しかし大広間にも、応接間兼詰め所にも、今のところ人の姿はなかった。

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