第514話 檳榔樹〈びんろうじゅ〉の森#2

檳榔樹びんろうじゅの茂る森の小径を、現地人の案内を先頭にした小隊は進んでいった。


油断なく捧げ持つ銃が、彼らが戦闘を主務とする集団であることを物語っているが、

その武器の構造もどこか奇妙で不格好なところがあり、装備する当人たちが、どうにも手になじまない様子だった。


新鋭の軍装は、保護色の効果を期待したもので、この多雨林の島の濃く鮮やかな緑の樹々というよりも、より乾燥した矮樹林などの風景によく溶け込むであろう彩色が施されてあった。

とはいえ、人間がどのような光学的撹乱の策を弄したところで所詮は相対的なもので、たとえばこの森の下生えの枝になりすましたナナフシや、巨木の幹に同化したコウモリといったものには遠く及ばない。

裸身に、森に立ち入るときの常として奇怪な紋様の彩色を施し、魔除けの装具をこれでもかと纏った現地人と較べても、彼らはこの森にあって異質な存在だった。



この惑星で最も背の高い生物に属する大高木の樹冠から下り、中高木層、低木層と、森の樹々は大まかな階層を構成し、

それぞれの階層に好んで住み着く生き物が、至るところで動き回っていた。


大木の梢から芽吹き、その液化したかのような根、もしくは幹で宿主を覆い尽くそうとしている熱帯イチジクの上では、

銀色の毛並みに漆黒の顔をしたサルが上下自在に駆け巡り、イチジクの果実を夢中で貪っている。

別の樹の枝では、ひとかかえもあるオオタニワタリの株が育ち、そこに巣を掛けたツメバケイが、脚と翼の爪を引っ掛けて、樹をよじ登っていく。

餌を探しにゆくのだろう。

滑空の距離を稼ぐために、離陸地点の高度を蓄えようというわけだった。


ツメバケイのはるか頭上、強烈な日差しに晒される樹冠では、超高木が、その巨体にしては小ぶりな、色鮮やかな花を咲かせ、

その蜜を求める鳥や虫たちがせわしなく飛び交っている。


樹冠に抜けた空隙からの光が差し込む林内には、オウギバショウが、最大級の水車ほどもある半円を描いて葉を拡げ、

その案内に沿うように、フウチョウが長い尾羽をしならせて側面を飛び抜けていく。

バショウの下に佇んでいたヒクイドリが、人の接近に気づいて、物憂げな足取りでのそのそと歩き去っていった。



通信兵の背負った無線機が、入電を知らせる耳障りなベル音を鳴らせた。

別働隊からのモールス通信をうけて明滅する豆灯の知らせを、熟練の通信士は読み解いていった。


『我・”ヤミウチ”の襲撃を受け死傷者多数・退却中ナリ・・・;


兵士たちの間に緊張が走った。


『敵・極めて敏捷にして・殺傷力強大なり・計画の遂行は困難と思料す;

十分に警戒されたし:

くりかえす;

我・被害甚大…』


しかしその時点での彼らの緊張は、場慣れした、人間同士の戦闘に身を置くことに慣れ切り、

一方で、全周に神経を張り巡らせる油断のなさ、訓練を受けたものがもつ集中力のたぐいのものだった。


彼らの周囲だけ一気に凍りついたような空気の外側、高温湿潤の南洋の森は、

案内役の現地人も含め、真剣な闘争や、灼けつくような渇望といったものからは程遠い、気だるいばかりの豊穣の世界だった。


巨木の梢あたりの枝から、黒い、大きなヒヨケザルのようなものが舞い出し、樹々の間をすうっと横切って、別の樹の幹に取りつく。

はっきりと姿を捕える間も与えない、ジャコウネコのような身のこなしで幹を垂直に駆け下り、かろやかに飛び跳ね、小隊のすぐそばの中高木の梢に飛びついた。


兵士たちはいっせいに頭上へと銃口を向けた。

”それ”は彼らを気にする様子もなく、その日の寝床をこしらえる森人エイプのように、しばらくの間、枝葉をがさがさと鳴らしていた。


やがて兵士たちが戸惑いはじめ、これは、先の別働隊からの警告とは関係のない、やんちゃなこの森の住人のひとつなのだろうか?

などと思いはじめた時。


何の前触れもなく、樹間に漆黒の稲妻が閃いた。

隠れ処を飛び出した”それ”は、立ち並ぶ樹々の幹を蹴って、瞬く間に兵士たちに迫り、

あらゆるものを切り刻む黒い旋風つむじかぜとなって彼らに襲いかかった。


狙撃態勢をとっていたにも関わらず、誰一人としてまともに撃つことすら出来ない。

そして、彼らが手にしていた、麻酔銃、捕獲網射出装置といったものは、この相手にはまるでぱちんこ玉で虎に立ち向かうようなものだった。

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