第511話 雌オオカミの恢復

不可解なひたむきさで、異種の幼子おさなごに注意をはらい、親切に尽くしてやっていた雌オオカミのスピカ。

仔ジカが死んだあとどうなってしまうのか、

まさか落胆で死んでしまうとは思わないが、それでも、少なくともこの森からは出ていくような気がアマリリスはしていた。


ところが予想は、たまには喜ばしい方向で外れることもある。

何事もなかったようにオシヨロフの群に戻ったスピカは、以前とはどことなく変わった印象を周囲に与えた。

オオカミにも個性があると感じるのはこういうとき、

そして人間相手でも往々にしてそうだが、変化の前にはどこか異様なところがあったのだなと気づくのは、変化を経た後だった。


確かに以前のスピカには、うちに仕舞った何物かがあったのだろう。

戻ってきたスピカは、何か憑き物が落ちたような――、いや、むしろ、彼女をずっと拘束していた見えない枷がやっと外れたかのように、

以前よりも群の仲間のオオカミたちと打ち解けた交流を持つようになった。

つまり、今にして思えば以前の彼女には、淡々と振る舞っている中でも、同胞との間に一歩距離を取ったようなところがあったわけだが、それが感じられなくなった。


かつ、人生、ならぬオオカミの生には何が起こるか本当にわからないもので、

スピカが群の中で最も親しく接したのが、何とあの狼藉者のアフロジオンで、2頭はやがてつがいを結ぶことになる。


「何を驚くことがある?

アフロジオンが相手だと都合の悪いことでもあるのか。」


しきりに想定外を口にするアマリリスに、アマロックは静かに訪ねた。


「いや悪くないよ?全然。

でも、あんないつもお祭り騒ぎみたいなアフロジオンと、クールな女狩人❕って感じのスピカが、って意外じゃない??

それにあの時、一歩間違えたら大ゲンカになりそうな雰囲気だったのに。」


”あの時”、仔ジカがオシヨロフの群の前に姿を現し、

面白半分で追い回していたアフロジオンの、横面を張り飛ばすようにしてスピカが立ちはだかった時だ。

アフロジオンの狼狽うろたえぶりも無様だったが、スピカの貫禄と言うか、度胸の据わった凄みかたは圧巻だった。


「案外、アフロジオンが惚れたのもそういうところだったんじゃないのか。」


「ぶっは!」


アマロックの言葉に、アマリリスははしたなく吹き出した。


「ウケるんですけど、

ア、アフロジオンにそんなが、、ぎゃはははは❢

あ゛ーー、久々こんなに笑ったわ。」



笑い過ぎで溢れた涙を指先で拭うアマリリスがまだ知らない物語の先、、、

翌年の雪解けの時期に、5頭の仔オオカミを連れて、スピカは巣穴から出てきた。


その時は一転、わけあって機嫌の悪かったアマリリスは、アマロックにこんな問いかけをする。


「アマロックはオオカミとも子どもを作れるんでしょ。

よかったの?自己保存の機会をアフロジオンに譲ってあげちゃって。」


人の姿をしているためにかえって、時にオオカミよりもよほど非人間的に思えるアマロックに、意地悪のつもりでぶつけた言葉に対する返答は、

悪趣味なバツの悪さをアマリリスに残した。


「一つ重要な可能性を見落としているな。

あのチビどもが、そのうち人間に変身するかもしれないぜ。」

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