第507話 赤い星の物語#1

光の速さで移動することが出来たなら、公転軌道上の最短で約4分半の距離――、そう聞けばごく近い場所に思えることだろう。

実際それは、想像も及ばない宇宙の深淵に浮かぶ天体としては、たしかに我々にとって最近傍の一つではあるのだが、

一方で、この惑星地表上の対蹠点への移動距離の、数千倍にも及ぶ遼遠の地であった。


その星の名を冠した先住民、土着のレッドラフ族は、厳しい自然の世界を逞しく生き延びてきた。

樹高1000メートルにも達する常緑カシを住み処とする彼らは、巨木から豊かな実りを得る一方で、同じく森に生きる多くの敵の脅威にさらされた。

枝から枝へと渡り歩くヒラメリュウの死角を縫って狩りをし、村落が大王マンティスの襲撃を受けた時には、勇猛果敢に戦った。


苦難の中に喜びを見いだし、悲しみを不撓の精神で乗り越えて生きてきたレッドラッフ族は、

彼――ひときわ鮮やかな赤い前身頃をつけた若き族長の時代に到り、深刻な危機に見舞われる。

自星の荒廃から逃れ、天を渡る船に乗ってやってきたアシュタルテ人は、その身から流れ出る病毒でレッドラフの星を汚染するのみでは飽き足らず、森に火を放ち、武器を持って先住者たちを追い回した。

幼き日の彼もまた、兄弟の幾人かをアシュタルテ人に殺されるという悲劇を経験した。


それでもこの時はまだ、常緑カシの巨木はその身を挺して、レッドラフたちを守ってくれていた。

若き日の彼は、数々の試練をくぐり抜けて生き延びるだけの慎重さと知恵と、生き抜いてレッドラフの志を次世代に繋ぐために必要な勇気と積極性を身につけていった。

先代の族長であった母の手厚い庇護を振り払うようにして、心の赴くまま、風に吹かれるままに冒険の旅に足を運ぶこともあった。


彼が族長を継いで程なく、最愛の母が亡くなり、彼は孤独の身となった。

しきたりにより、族長はその伴侶を外部の部族から招かなければならない。

しかし、そういう女はなかなか現れなかった。


彼が彼女に出会ったのは、ある年の春、常緑カシの枝の樹道にハナニラの花が、天の星を地上に散りばめたように咲き誇る夜だった。

しばらく前に彼を見初め、それからずっと懸想してきた娘は、なかなか振り向いてもらえなかった日々に荒れていた心を微塵も表に出さず、

勇者の妻にふさわしい貞淑さと、気骨ある男であれば我が物にしたいと思わずにはいられない、甘えた仕草で彼にすり寄って来た。


二人は多くの子どもたちを授かり、レッドラフの一族は益々の繁栄を見せた。

一般にレッドラフの男は、勇敢な一方で良き父親とは言い難く、家庭を顧みないばかりか、

彼の父親がそうであったように、妻子を捨てて別の女と出奔してしまう者も多い。

しかし彼は、長い孤独の日々の後に得た家族を尊び、子どもたちを慈しみ甲斐甲斐しく世話を焼いた。


妻と二人での睦み合いの日々には、彼だけのものであった妻の存在、彼が独占していた妻の愛情は、

今や大半が子どもたちに注ぎ込まれ、にも関わらず子どもたちはなおも多くの権利を母に対して主張するのだった。

今や父となったレッドラフは、幾分の戸惑いののちに、その立場にふさわしい鷹揚さで自分の役割を受け入れた。


妻子に寛容で親切でいることが、彼自身をも幸福にした。

常緑カシはいっそう青々と茂り、地上の星たちは変わらぬ輝きで咲き誇っていた。

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