第505話 これまでなかった手法#2

こちらが油断を期待しているとき、こっそり忍び寄ろうとしている時なんかはやたらと敏感で、葉ずれの音一つで巣穴に逃げ込んでしまうように思えるのに、

警戒する場面を見ようと期待しているときは、案外悠長で、少々のことでは動じないように見えるものだ。


じりじりしながら待つうち、それでも、上空を横切るオオタカの飛影や、野末の森でヒグマが立てた物音といったものに、見張り役の合図で草上のタルバガンが一斉に巣穴に逃げ込むところを3度確認することが出来た。

間違いない、退避した後、危険が去ったと判断して巣穴から出てくるのはいつも見張り役が最初。

そして、決まってあの巣穴、好都合なことに、背後にダケカンバの倒伏した幹が横たわっているところ。

見張り役のタルバガンは、その幹の上に登って見張りを行うのだった。


さぁ出番よ、うまくやってね。


アマリリスに見送られて、サンスポットは谷へと下っていった。

斜面を半分ほど下りたところで、見張り役が鋭い鳴き声を上げる。

草原に散らばっていた薄茶色のぽわぽわが、まりが跳ねるようにして巣穴に逃げ帰り、見張り役も定位置の倒木から飛び降りて巣穴に潜った。

それを見届けてから、アマリリスも駆け出した。


サンスポットは見張り役の巣穴のすぐ側を、タルバガンなどはじめから眼中になかったかのように通り過ぎ、その先の木立の中へと歩き去っていった。

穴の中から、地上の気配に神経を研ぎ澄ますこと数十秒、

黒く湿った鼻面をひくひくさせながら、見張り役が穴から顔を出した。

サンスポットが去っていった林の方をじっと見つめ、姿がないのを確認してから、安心して巣穴を出、見張り台の倒木の上によじ登った。

その背後に、ひっそりと走り寄ったアマリリスが潜んでいるとは夢にも思わずに―――


この狩猟法はタルバガンにとって裏をかかれるものだったらしく、サンスポットやアマロックの方法と比べても、なかなか悪くない勝率を誇った。

オオカミとしては無能で、ずっと群のお荷物、であったアマリリスが、他者の手を借りてではあっても、自分の生存を支えられるようになったということはささやかな喜びだった。

いずれ自律創出の力が、見張り役に毎回違う巣穴から外を確認することを教えたら使えなくなってしまう手ではあるが、今のところその気配はない。

そして、見張り役が人気の仕事で、いなくなればすぐに後釜が現れるのもいいところだ。

今日もアマリリスとサンスポットのペアは、猟場を変えながら、合計で3匹のタルバガンを捕らえることができた。


サンスポットとは1匹づつ分け合って、残る1匹を、アマリリスはスピカに運んでやることにした。

そのことに、サンスポットも、オオカミとしてのアマリリスも、異議を申し立てることはなかった。

一方で当のスピカは、恩義も容赦も我知らずといった風情で唸りたて、怯える仔ジカを尻目に、アマリリスはタルバガンを放り出して早々に退散した。

が、翌日見に行ったところ、タルバガンはなくなっていたから、スピカは食べてくれたようだった。


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