第504話 これまでなかった手法#1
秋の終わり近くによくある、風は強いがよく晴れた日。
仔ジカとスピカが居ついているのとはまた別の、なだらかな谷に広がる草原を、
アマリリスとサンスポットは並んで、谷を取り巻く尾根から見下ろしていた。
一帯では、今年最後の地上での食事を求めて、薄茶色の動物がせわしなく動き回っていた。
現在、オシヨロフのオオカミ群のなわばりに、アカシカはいない。
そういう時に飢えをしのぐ手段として、アマリリスはこの春までは見物人の立場だった、タルバガン狩りに挑もうとしているのだった。
同じ群のオオカミが、目的は等しくタルバガンを狩るといっても、方法は個々に違う。
サンスポットは、捕食者としての素振りを見せず、道化じみた仕草でタルバガンの間をうろつき回って、獲物に自分の存在に馴れさせてしまい、油断したところを襲う。
アマロックは、相手に気づかれないうちに至近距離まで忍び寄って一気に急襲する、という方法を取る。
どちらの手法が優れているという話ではなく、サンスポットの方法は1頭仕留めるのに時間がかかり、アマロックは接近を看破されて取り逃がす失敗が多いと、それぞれに一長一短があった。
得意とする手法にもまた、個性があるということだ。
そしてアマリリスの個性は――
あいにく、サンスポット、アマロックの方法のどちらにも適性がなかった。
どうぞお構いなく作戦(サンスポットの方法)は、アマリリスが道化になりきれない、つまり殺気がにじみ出てしまっているのか、何時間お芝居を続けても、タルバガンたちは一向に警戒を緩めない。
アマロックの方法は、飛びかかれる距離よりもはるか手前で見張りに騒ぎ立てられてしまう。
そこでアマリリスが編み出したのは、なんとオシヨロフの群にこれまでなかった手法だった。
但し、この手法は協力者を必要とし、ある意味、狩り手であるアマリリス以上に協力者の側の技倆を要求するものと言えたかも知れない。
アマロックが手伝ってくれることもあるのだが、今日はサンスポットとタッグを組んでいた。
まずは、獲物をよく観察することだった。
といっても、巣穴から離れて出歩き、思い思いに草を食んだり、木の根を掘ったりしているのは対象外。
狙いは”見張り役”、仲間が食事をしている間も巣穴のそばに留まって周囲を警戒し、オオカミを含め、危険の接近を察知すると警告の鋭い鳴き声をあげ、退避を促す役割の個体だった。
見張りに立っている間、当然自分は食べられないわけで、損な役回り、立場の弱い個体が押し付けられるような仕事なのかと思ったら、とんでもない。
見張り役は多くの個体が務めたがる名誉職であり、担当する権利を巡って奪い合いが発生するほどなのだ。
但し、雄限定で。
そういうこと、見張り番を多くの回数にわたって担うことは、それだけの時間を摂食などの生存に必要なこと以外に振り向けても、自己保存することができてきた、優秀な雄であることを物語る、疑う余地のない証拠だ。
当然、そういう雄のところに多くの雌が集まってくることになる。
紛れもない自律創出論そのものの営為ではあるのだが、人間のオスにも通じるところがあって可笑しい。
人間が獣から枝分かれして出現した生き物で、獣の時代の性質を引き継いでいるのだと感じるところだ。
そこにユーモアや、浅慮の滑稽さを感じるのはあたしが人間だからで、当のタルバガンは食事や交尾と同じ真摯と坦懐の心で見張りに立つのだろうけれど、
実はそれほど危険で勇敢な役目でもない、というところも、人間の男の子の俺TUEEアピールにそっくりだ。
何しろ”見張り”なわけだから、接近する危険には真っ先に気づく、一番安全なポジションとも言えるわけで。
――そう、確かにこれまでは一番安全だった。
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