第497話 虚空の重力

木々はすっかり葉を落とし、いつ見ても重苦しい曇天の下、吹きつける風にしきりに揺れていた。

クリプトメリアたち3人がいなくなって1月あまり、

去年であれば雪が降りはじめる時期だった記憶があるが、今年はまだ、積もるほどの雪は降っていなかった。


恐れていた、孤独や、状況の変化に対する適応の不安といったものは、

自分で拍子抜けしたくらい、全くもってアマリリスの心を揺り動かすことはなかった。

まるで、そこに誰がいようが去ろうが何も変わることのない、トワトワトの森や空模様そのもののように。


いやいや、それはアマロックと一緒にいられるからでしょ、決まってるじゃない。

不思議がる自分に苦笑いして、アマリリスはそう言い聞かせた。


ほとんど崖に近い急坂の岩場を、先に登りきったアマロックが手を差し伸べてくれた。

アマリリスがその手を握ると、背後には何もない、虚空の重力の上にアマリリスの身体を浮かせて、やすやすと引き上げる。


しかしアマリリスは恐ろしさで息が詰まり、思わず両手でアマロックの手にしがみついた。


この、特に急な岩場の下も、さっきのヒグマの頭蓋骨のあたりまで、一気に切れ落ちている急斜面だ。

アマロックの腕に全体重を預けているこの状況で、もしアマロックが手を離したら、

そうはしないとしても、手が滑って離してしまったら、

アマリリスは真っ逆さまに岩の上を転がり落ちていって、そうなったらまず命はない。


もちろんそんなことにはならず、一呼吸の後に、アマリリスは足元の安定した岩棚の上に立っていた。


「はぁ、こわかったっ。」


もう手を引いてもらう要はなくなったわけだが、アマリリスはアマロックの腕にいっそう強く、自分の腕を絡めた。

今もなお、それがアマリリスの側からできる精一杯のアプローチだった。

果たしてアマロックは、それが自分の権利だというよりは、呼吸と同じような当然といった様子で、唇を重ねてきた。

アマロックがキスしてくれると、アマリリスももう少し踏み込んで、おずおずとアマロックの背を抱くことができた。


””ひとりぼっちになっちゃったけど、今は幸せかい、アマリリス”


ヒグマの霊との対話の応用で、アマロックにそう問いかけられる自分というものを想像してみた。

もちろんだよ、アマロックと一緒にいられてとっても幸せ。

他には何もいらないわ。


聞いてくれれば、そう答えられるのだけれど。。。


「・・・あたし、スピカの様子を見てこようかな。

アマロックはどうする??」


「物好きだねぇ。

おれは遠慮しておくよ。」


じゃ、またね。

という挨拶でアマロックと別れ、湖畔の草原へと向かった。


”またね”が実現するのは、半時間後のこともあれば、

1週間後になることもあった。

そういうところも、以前から何も変わっていなかった。

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