第496話 追放の王#3

””こうは考えなかったの?”


アマリリスの問いかけに、彼は苦笑いするように答えた。


””青草のしなやかさを、老骨が思い出すのはなかなか難しいものなのだよ。。

まして長年の痛手や疲弊がせきを切り、体じゅう至る所の不調となって顕れはじめた身にはな。

化け物のような敵との果たせぬ対峙に、何週間も続いた緊張は、やがて絶え間ない不安となって私の心を蝕み、、

敵を打ち砕く力は日毎に弱まっていった。。。”


””・・・・・それで?”


そのまま止まってしまいそうな相手の独白に、アマリリスは二度目の促しをかけた。


””私は今や完全に打ちのめされ、、ついに王座を追われたことを感じ取っていた。。

力の漲っていた時代には、愚かしい虚無、、敗者の陥る冷たい暗がりと映るものが、、滅びゆく身には安住の楽土と感じられるものだ。


私のような者にも訪れる天使が煙の中から手招いていた。

私は最後に一度、振り返ってかつての我が領土を見た。。

それについて考えたことはなかったが、そこは美しい土地だった。。


それから私は身をひるがえして、あとは留まることなく踏み入れていった。。”


””その、毒ガスが湧き出る死の谷に。。”


「よう、バーリシュナお姫さま


アマロックの呼びかけに、アマリリスは物憂げに目を開いた。

眠りから覚めた時みたいに、少し視界がぼやけ、頭に霧がかかったような感覚がしていた。


「そんなもの抱えて居眠りかい?」


辺りは、もちろん致死性のガスが充満する谷などではない。

雨が降ったときだけ沢になる、急傾斜の谷。

今は落ち葉が厚く降り積もっている斜面に転がった岩に、アマリリスは腰掛けていた。

膝の上には、落ち葉の間から拾い上げた、巨大なヒグマの頭蓋骨が載っていた。


「・・・対話していたのよ。

かつて支配した王国から追放された、偉大な王の霊と。」


「ほぉ。 それはご苦労なことで」


空想の中で仕立てた人格と、一人二役で対話。。。

我ながらイタイというかアブナイというか、

人に見られたら相当にこっ恥ずかしいかも。

でも構うもんか、なにしろこの森に「人」なんてもう、ひとっっりもいないんだから。


アマリリスは頭蓋骨をそっと撫でてから、膝から下ろした。

何度言い表しても飽き足らないほど巨大、カラカシスで育つ特大のウリほどの大きさで、牙の長さがアマリリスの掌ぐらいあった。

見た目よりは軽いとは言え、こうして上げ下ろしするだけで一苦労だった。

大きなものでは600キロを超える巨体となるトワトワトのヒグマのなかでも、最大級の個体のものだろう。


いつ頃、どうやって死んだのだろうか。

別の場所で死んで頭骨だけが流されてきたのか、辺りに他の部位の骨は見当たらなかった。


どこか、原始民族の儀式のような風情で岩の上に鎮座して、今や物言わぬ頭蓋骨に別れを告げて、

アマリリスはアマロックと連れ立って涸れ沢を登り、森の奥へと踏み入っていった。

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