第495話 追放の王#2

その生涯で幾度となく、敵のみならず無辜むこの民にもふるった残虐な仕打ちとは矛盾するように、

彼が、その王座以上に求め続けた安息は、しかし彼のもとに末永く留まることをしとしなかった。


ある時彼は、自分の領土を示す印を刻んだ大木の上に、自分のものよりも高く、四方に聳えるように刻みつけられている敵の印を見た。

彼にはいつでも戦う用意があり、挑戦は望むところだった。

ところが敵は一向に姿を現さず、彼が追跡を試みても、ただの一度も追いつくことができなかった。

一方で見えない敵は、なにか思いつめたような執念深さで彼の領土の至る所に印を刻み、彼が古傷を癒す湯殿を汚すといった侮辱を繰り返した。


””くる日もくる日も森をさまよい、私は憎き敵の行方を求め続けた。”


ここで、彼自身の声が語りはじめた。


””あれほどの位置にその存在の証を刻みつけ、大胆不敵に私を挑発し続ける敵なのだ、、

そんなことはあり得ないのだが、いくら探し求めても、私は奴の姿を捉えることができなかった。。。”


””それから?”


長い間にわたって眠りについていたためか、途切れがちになる相手の言葉に、

目を閉じたまま、アマリリスは先を促した。


””私はまるで、霞を相手に戦いを挑んでいるようだった。。


目も眩むような怒りと屈辱に燃え上がっていた胸中の炎は、、

しかし、私も気づかない内に冷え冷えとした消し炭の苦渋に変わっていった。


長年、王者としてこの地に君臨しつつ、

とうに年老い、この身を幾度となく襲った痛手に心が凝り固まり、猜疑心と陰鬱の塊となっていた私が、秘かに求めていたものは、、


復讐でも、さらなる覇権の拡大でもない。

ただ、この地上にあって、喜びよりも遥かに多く与えられてきた苦悩からの解放だった。

いっそ敵が私を打ち倒し、それによってもたらされる安息こそを、私は求めていたのかも知れなかった。。。”



””こうは考えなかったの?


敵は、じつはあなたが思っているような強大な相手ではないのかもしれない。

見つからないのは、敵のほうがあなたを怖れ、身を隠しているからなのだと。


真正面から戦ったら勝ち目のないあなたをたばかって疲弊させ、

自滅に追い込もうとしているのかも知れない。”

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