第493話 魂の形象

船は行ってしまった。


誰もいなくなった臨海実験所に戻る気はしなくて、アマリリスは後ろ手に組んで、ゆっくりと、浜の砂利を踏んで歩いていった。


足は自然とイルメンスルトネリコの方へ向いていた。

期待通り、アマロックがいた。


「よぉ。」


「ファーベルが寂しがってたよ・・・

よろしくね、って。」


アマリリスは台地の縁に沈もうとする太陽を見上げた。

あかがね色の残照が差すなかを、海鳥のシルエットが舞っていった。

それは美しく、同時にどこか、この太陽が沈んだら、二度と夜が明けないような錯覚を覚える眺めだ。

さすがにこういう気分の時にはありがたくなかった。


「何か弾いてあげよう。なにがいい?」


アマロックが真新しい笹笛を取り出した。


「・・・私の国の歌でもいい?」


アマリリスはウィスタリア語の歌の名前を言った。


「知らんなぁ。」


「そりゃそうよね、ごめん。」


「どんな歌? うたってみて。」


少し戸惑ったが、低い音から始まる民謡の一節を、アマリリスはおずおずと口にした。

しばらく耳を澄ませていたアマロックは、やがて横笛を持ち上げ、歌に合わせて奏ではじめた。


アマリリスは目を丸くしてアマロックを見た。

アマリリスの声に耳を傾けて音を拾い、丁寧に楽器の音に作り上げながら、アマロックはじっとアマリリスの目を見ている。


その視線に勇気づけられて、アマリリスの歌声に力が生まれた。


笛と声、二つの音は、誰もいない荒野に、二筋の煙のように混じり合いながら、ゆっくりと流れていった。

厚い雲の下、次第に濃くなって行く夕闇を眺めながら、アマリリスは思った。


きっと一生、この瞬間のことを忘れはしないだろう。

世界が闇に閉ざされ、一羽の鳥すら飛ぶことのない日が来たとしても。

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