第491話 星々の継承者#1

迎えの船って、クリプトメリア博士は自分で船の運転が出来るのに、なんで?


アマリリスは素朴な疑問に思うところだったが、今は実験所の前浜に陸揚げされている緑色のボートは、臨海実験所の備品であり、勝手に持ち出すわけにはいかない。

このままここに留置していくとのことだった。


置いていかれたところで、あたしが操縦できるわけじゃないんだけど。。。

と戸惑いにも思うが、大人の事情とはそういうものらしい。

ボートも含め、臨海実験所そのものがアマリリスの私物になったような格好だったが、形式上はそうではなかった。


国有施設を閉鎖する場合、軍事施設など機密に属する施設は、機密保持のための厳密な破棄・破壊の指示がくだされ、

指示通りに行われたことを確認する査察が入ることもある。


ドアノブ以上に値打ちのあるものは大してない臨海実験所はその限りではなく、大学から送られてきた引き揚げ要請に書かれていたのは「閉鎖」の一言であり、施設の保全に関する注文は何もなかった。

むしろ常識の範疇として、閉鎖中に不法侵入されることのないよう厳重に施錠しておくべきところだったが、

クリプトメリアは形式を繕うこともせず、実験所の鍵束一式を無造作にアマリリスに手渡した。


「――むしろヘタに施錠して、外で鍵をなくして困らんようにな。」


衣類をはじめとした雑多な私物、クリプトメリアの持ち込んだ実験器具や研究資料を収めた、トランクや長持ちといったものを舟つき場に積み上げると、

ちょうど、ウィスタリアの故郷すずかけ村から追放の長い旅に出たとき、父と今は亡き兄の馬車に積んだ分量ぐらいの荷物の山が出来上がった。

追放とか引き揚げとか、一家大移動ってみんなこんな感じになるのかしらね、とアマリリスは何か可笑しかった。


彼ら3人は「一家」であり、アマリリスはもはやそこに入っていなかった。


クリプトメリアは穏やかで、いつも以上に優しく――というか、いつもの雑な感じが影をひそめ、

ヘリアンサスはひどくぶっきらぼうだった。

アマロックの説得を受け入れて以来、彼がアマリリスに再考を求めることはついになかった。

そのかわりヘリアンサスはずっとぶっきらぼうで、ともすればアマリリスの別れの言葉すら突っ返しかねない様子だった。

なかでは、ファーベルが一番素直というか、つらい別離に直面する人間の自然な反応を見せた。

昨日までは普通に振る舞っていたが、今日を迎えてついに感情を抑えきれなくなった様子だった。


「さびしい」


とめどなく溢れる大粒の涙を、幾度も幾度も、拳に握った手の甲で拭いながらすすり泣いた。

こんなファーベルを見るのは初めてで、彼女をなぐさめるためにやっぱりあたしも行こうか、、と考えはじめる自分に、いやいや。と苦笑いした。


「アマリリスとサヨナラなんかしたくない。。

また会えるわよね、きっとよ。」


そうね、きっと。。。。。



朝のうちに降った雨が濃い霧にかわり、昼過ぎに来るはずだった迎えの船は大幅に遅れた。

おかげで別れを惜しむのにも疲れてなんだかぐったりした頃、夕方になってようやくオシヨロフ湾に一隻の漁船が入ってきた。

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