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2024年3月28日 22:59
アマロックこと魔族は、好意を抱いた相手の事を想って胸が苦しくなる現象を、恋慕や愛情では無く、異常と認識しているのか、或いは本当に愛情や恋慕という感情が存在せず、例えば野生の親鳥がひな鳥を、無条件で庇護しているのにも関わらず、力の弱いひな鳥は無条件で見捨てる様な、そういう本能的な物で心の働きとは関係が無い自然現象と考えているのか、アマロックや魔族が考える魂というものは、宗教的な倫理が備わった文化的なものという事なのかなあと考えた次第でした。
作者からの返信
コメントをありがとうございます!愛情というのは、愛の主体をして愛の対象を保護し奉仕させる強制力なわけですが、そういう意味での愛なら、魔族にも存在していました。きっと愛は、主体(アマロック)ではなく対象(ファーベル)を利するための仕組みなのでしょう。むしろ不思議なのは、自分をして他人に無償奉仕させる愛というものを、なぜ人間はありがたがって、枢軸とか心のよりどころと呼ぶのか、それこそ、魔族には決して理解できない、魂の神秘なのかもしれません。
アマロックこと魔族は、好意を抱いた相手の事を想って胸が苦しくなる現象を、恋慕や愛情では無く、異常と認識しているのか、或いは本当に愛情や恋慕という感情が存在せず、例えば野生の親鳥がひな鳥を、無条件で庇護しているのにも関わらず、力の弱いひな鳥は無条件で見捨てる様な、そういう本能的な物で心の働きとは関係が無い自然現象と考えているのか、
アマロックや魔族が考える魂というものは、宗教的な倫理が備わった文化的なものという事なのかなあと考えた次第でした。
作者からの返信
コメントをありがとうございます!
愛情というのは、愛の主体をして愛の対象を保護し奉仕させる強制力なわけですが、
そういう意味での愛なら、魔族にも存在していました。
きっと愛は、主体(アマロック)ではなく対象(ファーベル)を利するための仕組みなのでしょう。
むしろ不思議なのは、自分をして他人に無償奉仕させる愛というものを、なぜ人間はありがたがって、枢軸とか心のよりどころと呼ぶのか、
それこそ、魔族には決して理解できない、魂の神秘なのかもしれません。