第480話 破壊と再生の山

はるか西方の彼方、天と地の間にあって祖霊が憩うという里へ、この夏に失われた魂を送る儀式が終わると、彼らはトヌペカを中心に寄り集まってきた。

テイネがおずおずと尋ねた。


{これから、どこへ、、?}


トヌペカは、彼女の母がそうであった、人と対峙しながら実際には相手の身を透かして遠い空を見据えるような眼差しで、彼女の群族を見回した。


マフタルをその数に数えても、たった、7人。

しかしその7人の群族がトヌペカを長と仰ぎ、トヌペカの指示を待っていた。


{・・・サテュロス、南よ。

変身膏薬の作り方を教わりに行かなきゃ。

そのあとで、トワトワトに戻ってこよう。}


聞いただけで気の遠くなる計画に大人たちは絶句し、

トヌペカと、大人たちの間に位置するテイネがやんわりとそのhesitateを代弁した。


{サテュロスに辿りつけたとして、

まだ、変身膏薬の作り方を知っている人間が残っていたとして、

ぼくらの言葉は彼らに通じないはずだ。

トヌペカは、できると思う?ぼくらに。}


トヌペカは内心虚を突かれたが、それを表に出さないだけの貫禄を早くも身に着けていた。


{何とかするしかないでしょ。

同じ人間なんだから、やって出来ないことはないはずよ。}


しかし、若き群族長にも一片の、そして群族の命運にも替えがたいhesitateがあった。


{でも、あんたどうしようね??}


ハの字眉を顰めて、マフタルのつむじから足先までを眺め回す。

マフタルは、フッ、という擬音語を声に出してから答えた。


{愛の力を侮ってもらっちゃ困るゼ。

言葉だけじゃなくて、ぼくは行動で実践するよ。

キミを決して一人にしない。

絶対に、この命にかえても、絶対に幸せにしてみせるってーー❕}


マフタルの頭頂から突き出た獣の耳が、春先のたけのこのように、

湾曲し、また角質化しつつぐいぐいと伸びていった。

瞳孔がタテに切れた瞳がそれぞれ左右90度回転し、掌から蹄が生えてきた。


黒い白鳥ならぬ、黒いチェルナユキヒツジが出来上がり、その愛の奇跡をことさら喧伝するかのように、四つの蹄をやかましく踏み鳴らした。


眉を顰めたまま、何なら2,3歩あとじさって眺めていたトヌペカは、

その演出が終わるや、群族のメンバーたちの方にくるりと振り向いて言った。


{じゃ、、そういうことだから。

あたしたちも行こうか。}


白羊と黒羊のつがいを先頭に、天険の群族は遥かな海を目指して進みはじめた。




一度は立ち去りかけたアマリリスも、もう一つのヤナギランの丘の上から、群族の旅立ちを見送っていた。


「あなたは、チェルナリアにも”赤の女王”を使わせたいんでしょうけど。」


草の海に去ってゆく群族の列に目を据えたまま、アマロックに尋ねた。


「そううまくいくかしらね?

赤の女王のヒミツを知った上で、チェルナリアが使うと思う??」


「五分五分というところだろうな。

あの娘がいずれ戻ってきて、チェルナリアが危害を加えるとか、邪魔になるとしたら、

あの御母堂様ゴスポージャも、不戦の誓いなどに拘泥はするまいよ。」


ユキヒツジも、アカシカも、オオカミも、やがてそれぞれの旅へと去っていった。

トワトワト脊梁山脈、無人となったツンドラの野に、ヤナギランの花が風にたなびいていた。

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