第478話 ヤナギランの丘#1

死の焦土と化した大地にもいずれ生命は再生する。

もちろん、先日の噴火で積もったものではないが、それでもせいぜい数十年前、

この惑星の歴史からすればほんの一刹那の過去に同じような死の降灰を蒙った大地にも、ヤナギランが旺盛に茂り、

薄紅の花を風にたなびかせていた。


アマリリスはまた一つ石を積み上げた。

周囲にあった石くれは使い果たしてしまい、涸れ沢の河原まで行って拾ってくるので、だいぶペースは落ちていた。

久々の自由を満喫し、そこらで羽虫を捕えたり、わけもなく取っ組み合いをしているオオカミたち、

早く出発したくてうずうずしているのを尻目に、アマリリスはその単調な作業を黙々と続けていた。


十何回目かに河原に出て石を拾っていると、沢の上流の方からアマロックが現れた。


「やぁバーリシュナお姫さま、お待たせ。」


「おかえりーー。

早かったね。」


アマリリスは両手に持った石を振って出迎えた。



「それにしても、よくここが分かったね。」


アマリリスに並んで歩きながら、魔族は言った。


「だって、他に目印になるようなとこないじゃんw。」


アマリリスは立ち止まると中腰になって、拾ってきた石をひとつづつ積み上げた。

鮮やかな緑のヨモギ、色づきはじめたイチゴの葉に覆われた野に2つ、アマリリスの膝ほどの高さの石塚が積まれていた。


「何のためにそんなことを?」


アマロックの言葉に含意はなく、単純に不思議そうに訊ねた。

アマリリスはツンドラの野の果てに視線を向け、しばらくしてから答えた。


「たぶん、あたし自身のため、かな。」


また石を拾いに行こうと立ち上がったところに、マフタルが現れた。

アマリリスの眉にふっと、気後れとも苦悩ともつかない色が差した。



マフタルもまた虚を突かれた様子で、あたふたとキャラを取り繕うように喋りだした。


「あらーー、あらやだ、お邪魔だったかしらねん。

Can I bless your fortunate? or leave to hell by my self alone??」


「・・・・」


ガン無視で通してやろうかとも思ったが、アマリリスはついクスッと笑ってしまった。

もうそういうのいいからさ、ほら、、と言って場所を譲った。


マフタルは、敗走の末に故国に帰り着いた帰還兵のように、

今にも立ち止まりそうな足取りで、しかし吸い寄せられるように前へと進んだ。


焼け焦げ、打ち砕かれ、海岸を遠く離れた草の海に投げ出された難破船のような、巨大な古代サイの骸の傍ら、

彼の2人の同胞はらからは並んで眠りにつこうとしていた。

致命傷となった傷、それを鳥が啄んだ痕は、すでにアマリリスが積んだ石によって覆い隠され、

まだ見えている顔は、傷や焼け焦げはあってもその表情は安らかだった。


マフタルはその傍らにひざまづき、2人にかける言葉を探した。

しかし軽口も、供養も懺悔の言葉も、なかなか出てこなかった。



”やっぱり・・・”


白夜の空にようやく夜明けの兆しが差すころ、

累々と横たわるチェルナリアの遺骸を前に、バハールシタは深い憂いと迷いを浮かべて言った。


「やっぱり、あの人狼の言うとおり、チェルナリアに投降したほうがいいんじゃないかな。。

今逃げると、白と黒の両方から追われることに・・・」


「そうしたらあいつの筋書き通りだぞ、

あの欲深い魔族が、自分のものを取り戻す算段をつけずに手離すわけがないだろう?

お姫さまジェーブシカはあいつのところに戻っていってしまう。

それでいいの?

君は彼女に恋しているんじゃないのかい??」


「・・・・・」


バハールシタの沈黙に、マフタルは恋愛の燃えるような渇望を映して見ていたが、

今にして思えば、その時すでにバハールシタは自分の恋の運命を察知していたのかもしれない。

バヒーバは、何事もすべてを受け入れる度量で2人が行動をはじめるのを待っていた。



「お別れだ、ふたりとも今までありがとう。

バハールシタ、ぼくが君と赤のお姫さまをくっつけたいがために、こんな結果に。。

バヒーバ、君まで巻き込んでしまったね。。

悪いことをした、本当にすまない。」


肩を震わせるマフタルの頬に、涙の雫が光るのを、アマリリスはじっと見つめていた。

やがてファべ子も姿を現し、マフタルの隣に腰を下ろすと、黙って死者に向かって手を合わせた。



2人に加え、はじめは遠巻きに眺めていた群族の仲間も手伝って、石塚を積む作業は順調に進みはじめた。


「それにしても、なんであんたまでチェルナリアや赤の女王のこと黙ってたのよ??」


自分だけが、終始蚊帳の外に置かれていたことに少なからずご立腹で、アマリリスはこの期に及んでマフタルをなじった。


「いやいや、だってあの時それを言ったら君、、

赤の女王の能力でチェルナリアを操って、ベラキュリアに攻め込みに行こう、とかバカなこと言い出さなかったかなって。」


「・・・・・」


一撃で黙り込んでしまったアマリリスと入れ替わりに、群族の仲間が騒ぎはじめた――、お互いに盛んに手を振り合い、てんでに空を指していた。

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