第472話 大城砦の尽きるところ
一度は去った雨雲が再び寄り集まり、月も星も覆い隠していた。
城内に居れば、上下に果てしのない階層を重ねるかのように思える大城砦の尽きるところ、
ササユキ女王の居城の上に立つ塔にも、嵐の接近を告げる強い風が吹きつけていた。
「さて、状況を整理しておこうか。」
天が
「必要なものは3つ。
まずはこの城砦網樹の耐侵入系を解除する鍵。
それはここにある。」
そう言って、黒い布切れ、ササユキの血が染みついたローブの切れ端を取り出した。
「そして、解錠後に接続経路を開き、侵入を手引する能力。
これは生まれつき、網樹に縁のある育ちの者にしか出来ない。
おまえの役目だ。」
マフタルを振り返ってから、アマロックは改めてトヌペカの
すでに、その全身を覆う刺青は皮下から血がにじみ出たように、赤色を帯びはじめていた。
「最後に、肝心の”赤の女王”だが。
知っての通り赤の女王は、その異能を分け与える相手を選ぶ。
赤の女王の異能を使えるのは、生殖能力を有する者。
だから播種個体以外のヴァルキュリアには扱うことが出来ない。
そして生殖能力を有する者であっても、男が発現させられるのはごく限定的、
せいぜい
赤の女王の異能を完全に解放し、この規模の城砦網樹を支配下に置くには、
機能する子宮を持っていることが条件になる。
今この城砦に居るもので、その条件に合致するのはゴスポージャ、あなた一人だ。
ただし、」
魔族は改めて、彼が積み上げた謀略の全貌を、その最後のひと欠片をなす者に伝えた。
「解き放たれた赤の女王の異能は、その強大さ故に使うものにも代償を要求する。
今もようやく自我を保っている状態だろうが、網樹に接続すれば、あなたの精神は赤の女王の異能に引きずられ、
網樹に取り込まれて消滅するか、そうならなくてもこの城砦から離れることは出来なくなるだろう。」
トヌペカの
赤の女王とは別に、アマロックが掛けた「保険」によって、彼女はアマロックの意志に逆らうことはできなくなっていた。
だからこんなものは所詮は茶番。
だが、(魔族は理解しないだろうが)呪縛による強制がなくても、トヌペカの
トヌペカの
巨大なアミガサタケのような塔の壁面、ひときわ厚く、その尖頂まで延びている
{本当に、、いいんですか?}
場所は譲っても、その場を取り仕切っていたのは明らかにアマロックだったが、
自分と、トヌペカの
この期に及んでも、マフタルは心を決めかねていた。
自分に注がれる迷いの目差しを、厳しく詮議するようだったトヌペカの
{魔族であるあんたに頼むしかないとは、、我ながら落ちぶれたものだけど。}
マフタルの肩に両手を置き、一度力強く掴んでから、女は言った。
風が一段と強まり、つんざくような風鳴りに、2人の言語が声によるものだったら、会話は難しかったはずだ。
{トヌペカのことを頼むわ。
あんな子ですけど、誰よりも心の優しい、私の自慢の娘よ。}
2人の両手が、塔の壁面に置かれた。
何の変哲もない石壁が、内側から
その時、天の嘆きも退けるような怒声が鳴り渡り、岩の塔までもが慄くようにびりびりと震えた。
天上の城の壁をよじ登ってきたのは、頂点の塔をも凌ぐかと思うほどの巨体、
白々とした外骨格の塊を、老いさらばえた、それでもなお強大な力を宿す肉で動かしている、白亜の怪物。
それはまるで、悪行の報いとして冥界に繋がれた太母が、我が子の身を案じるあまりに骸の身で現世に蘇ったかのようだった。
尖塔を手掛かりに、怪物の巨体がせり上がってくる。
すでに城砦網樹との接続に入っているマフタルと
アマロックが空を切り裂くように、魔物の右腕を振るった。
その掌から放たれた切片は、怪物の喉元、複数の外骨格の殻が集まる僅かな間隙へと、吸い込まれるようにして消えていった。
その巨体と対抗するにはあまりにささやかな一手に、まるで虚をつかれたように怪物の動きが止まる。
やがて、その胸を覆う外殻が剥落した。
トヌペカがアマロックに委ねた石鏃の毒は、その僅少さにも関わらず、白亜の巨体に恐ろしい害をもたらし、
彼女の一族の仇であり、いまや王座を追われた城砦の始祖は、バラバラの外骨格へと崩壊しつつ、城砦のはるか下方へと転落していった。
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