第471話 カルワリオへの階段

並び立つ尖塔の林で、天辺に鎮座していたガーゴイルは飛び立ち、城砦の周辺を乱脈に飛び回っている。

階段の踊り場にある遊水路に舞い降り、水を飲んでいた一羽に、物陰から緑青ろくしょう辰砂しんしゃの鱗をまとう巨大ヤモリが襲いかかり、口に咥えたまま階段を走り下っていった。


城砦の最上層へと続く大階段を、トヌペカのユクは重い足取りで登っていった。

登りきったところで待ち受ける運命に対する躊躇のほかにも、その身に起きはじめている異変が動作を鈍らせていた。

体内の奥深くから突き上げるような悪心に、ユクは背を丸めてふらついた。


{大丈夫ですか? 少し休んだほうが、、}


心配そうに彼女の顔を覗き込んでくるマフタルに、首を横に振って、彼女は登り続けた。




”実際のところ、”


魔族は、直前までの営為がまるで嘘だったかのような、淡々とした調子で告げた。

その身を拘束する最後のいましめが解かれても、彼女はまだ身動きもままならなかった。


{あいつは全部顔に出るタイプだからな、分かってるだろうけど、ウソは言っていないよ。

しかし、お前が聞き出しきれていないことがあるんだ。


用意していた筋書きの1枚目、ササユキに渡して終わりに出来ればそれが一番簡単だったんだが。

残念ながらあの子煩悩おばぁちゃんは不適格だった。

あなたにとっては不本意だろうが、娘さんのためにも一肌脱いでもらいたい。


ほかに必要な準備は全て整っている。

”接ぎ木”のための最も確実な接合点をマフタルが特定してくれた。

用件を済ませたら上がってこい。

ササユキの城で待つ。}




煉獄へ辿るかのような階段を登りながら、マフタルもまたアマロックと最後に交わした会話を思い出していた。


「”植え付け”に失敗することはまずないだろう。

なにしろ女――、アマリリスにずっと持たせておいた、上等の子実体だからな。


それだけに、発芽してからの伸展は早いはずだ。

もたもたしていると、あの女の精神のほうが赤の女王の能力の内側に引きずり込まれてしまう。

おまえはなるべく急いで、あの女を連れて上がってこい。」


「・・・」


マフタルは様々な葛藤と憤慨の入り混じる目でアマロックを睨んだ。

その糾弾を前に、アマロックは彼らしい反省の弁を述べ、自分の計画の杜撰ずさんさを潔く認めた。


「実際、羽化階層での狂戦士バーサーカー暴走騒ぎにはおれも肝を冷やした。

知りさえしなければ、赤の女王の異能を使うなんてことはあり得ないと、たかをくくっていた。

人間にはどうも、おれには想像もつかない能力があるのか、アマリリスが特殊なのか、はわからないが。

ともあれそのせいで急がなければならなくなった、いずれ奴らも異能のカラクリに気づくだろう。」


「こんなことなら、、」


苦悩のにじみ出た声で、マフタルは呻いた。


「トヌペカが悲しむと分かっていて、ぼくは。。。

こんなことなら、はじめから君の計画になんか乗らなきゃ良かったよ。」


「その場合、あの女だけではなく娘もベラキュリアにこき使われ続けて、遠からずこの城砦で一生を閉じることになっただろうな。

大丈夫だ、お前は正しいことをしているよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る