第470話 テイネに会いに行こう!

城砦の正面、脈打つ岩のファサードを構成する隔壁がするすると上がっていき、

護る者もいない進入路、そして阻む者もいない脱出路を開いた。


網樹による制御を失った城内では、ベラキュリアのみならず、随所に機能不全の影響が現れていた。

操車階層では貨車巨獣が好き勝手に走り回り、あるものは城砦の外へと続く隧道に走り去り、

あるものは培養蔵になだれ込んで、作物を貪った。

可動隔壁の一切が消失したうえ、岩盤穿孔動物が気の向くままに、彼らを先導するような隧道を随所に掘り抜いていた。


城砦の壁や床を縦横に這うパイプは、接合部が外れて内部から多数のパイプが伸び出し、壁面や他のパイプの上を這って広がっていった。

石化の森のホールでは、アマリリスが咲かせた鉱物の草花が再び生育をはじめ、柱の立ち並ぶ高い空間に透光結晶の蔓を這わせながら、多数の花を咲かせ、実をつけていった。


緑の箱庭では、透光地下茎植物の維管束が異常に伸長して頭上間近まで垂れ下がり、城砦の外の月や星の光を集めて、ツチボタルの巣のように妖しく明滅していた。


それらの異変は、網樹の沈黙の副作用、

人間であれば、睡眠中に体験する夢や痙攣といったものに過ぎないような現象ではあった。

そんなことにすら、群族の仲間たちは恐れおののき、緑の箱庭の隅に寄りかたまって、嘆き、祈り、すがる相手もいない救済を求めていた。


{騒ぐなッ!!}


トヌペカは息を切らせ、大きく弾む腕で彼らに指示を飛ばした。


{逃げるよっ、庇護獣にお願いして!!

荷造り早く!}


ぽかんとして自分を見上げてくる大人たちにじれったくなって、

トヌペカはテイネの母の肩を掴んで力いっぱい揺さぶった。


{立って!おばちゃん、テイネに会いたいっしょ??

だから立てってば!!!

テイネに会いに行こう!}



あれほど厳重だった警備もあっけなく、10分後には、トヌペカは”いつもの草地”に立っていた。

いつもユクといっしょに、白拍子シパシクルの「家畜」を放牧させる場所。

今は、ユキヒツジの姿の群族が数名寄りかたまるのみで、そこにユクの姿はない。


夢中で駆け出してきたトヌペカはようやく人心地ついて、いつもの癖で、上半身だけ解き、後ろ脚で立って背伸びをした。

冷たい風の吹き抜けるばかりの草地に、半ば獣、半ば人間の少女の裸身が仄暗く浮かび上がった。


黒々とした雲の間から顔を出した月が、破壊の山の威容と、その懐に抱かれて立つ城砦を青白く照らし出す。

死人の横顔のようなその陰影を眺める内に、トヌペカの中に言い知れぬ不安が沸き起こってきた。


”ユクも行くから。”


さっき確かにそう言った。

でも、ユクはまだ、、、あそこに。

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