第467話 常世での再会
しばらく時を戻し、
トヌペカとマフタルが話し込んでいた場所からそう遠くない階層で、
新任の軍師の立ち会いのもと、ひととおりの訊問を終えた刺青の女の”処分”が行われようとしていた。
先日、アマロックを捕縛した時には、彼女が訊問官として立ち会った”審議所”は、本来の調度に戻っていた。
椅子やテーブルは撤去され、がらんとした丸い床は冷え冷えとした硬質なタイルで覆われ、その上を何が流れても簡単に洗い流せるようになっている。
後ろ手に縛られた長身から、すでに長衣は剝ぎ取られ、異様な紋様に彩られた裸身を覆うものは、彼女を庇護する獣霊の形代、ユキヒツジの皮のみとなっていた。
それでも女は毅然としていたが、その尊厳すら間もなく奪われようとしていた。
部屋の中央に並んで立つ、
彼女に残された最後の財産の片割れ、木鞘の太刀が、兵卒から手渡された。
女はその柄を指先でなぞり、それから、アマロックに向かって跪いた。
「カムェ・さま」
一音一音を絞り出すように、女は訴えた。
「かけまㇰ・も、かしこき、カムェ・さま、
おネガ・ぇ、もぅス
ワが、群ンぞㇰ、あわれ・み、タマぇ
カシコ・み、カシコ・み、もぅス
なぬとじ、おネガ・ぇ、もぅス」
頭を深く垂れ、その上に一族の宝である太刀を掲げて差し出した。
アマロックが受け取ろうとしないのを見て、兵卒が再びそれを取り上げた。
「着衣を棄てよ。」
兵長が命じた。
「無衣にして生ぜし者は無衣にして、来し方へ戻るべし。」
意味が通じなかったらしく、アマロックが手話に訳した。
{脱げ、と言ってる。}
無遠慮に、女の腰皮を指差した。
{お前にはもう要らないそうだ。}
すでに運命を受け入れた静謐にあった女の目に、屈辱が怒りの炎を灯す。
しかしすぐにそれをかき消し、のろのろと結び目に手をやった。
やがて女の、刺青に覆われた身を離れた庇護獣の形代を、先ほどの兵卒が取り上げる。
それは廃物処理係に手渡され、持ち主より一足先に、壁に開いた黒い穴、骸棄階層へと続く
それからの進行は迅速でよどみがなかった。
両脇についた兵卒が、後ろ手にした女の両手を縛り、さらに両膝を縛ってからひざまづかせる。
女の体が、さすがに恐怖にわなないた。
女の血と内臓を受ける大ダライが運ばれ、前に置かれた。
解体役の兵卒が女の前に立ち、一礼して太刀を正面に構えた。
「おれがやろう。」
手を差し出して促すアマロックを、兵長は戸惑いを浮かべて見つめた。
「気道までの刎頸の後、鼠径まで前開きに願いたい。
頼めるか。」
「心得た。」
解体役から受け取った太刀を、アマロックは片手を刃に添えて横に持ち、女の顎の下に当てる。
今生の名残にと見届けたのは、何物にも揺らぐことのない、魔族の金色の瞳―――
続く数瞬の間、女は、在りし日の愛娘が披露した剣の舞を、目前にありありと見た。
常世での再会かと思われたが、そうではなかった。
アマロックが高々と振り抜いた太刀は、その刃筋にあった兵卒の顔を縦に両断し、
返す刀でもう一人の首を刎ね飛ばした。
兵長がようやく短剣を抜いた時、アマロックは既に3人目を斬り伏せていた。
「いやぁ、済まない。」
手違いを詫びるような調子で刀身の血をふるうアマロックを、ただ一人残った兵長は、無感動に見つめていた。
「事情が変わってね。」
兵長はそれでも、自分の役割を全うし、城砦内危険分子に向けて短剣の突きを繰り出した。
アマロックは型どおりにそれを受け流してから、兵長の胴を両断した。
自分をじっと見上げる、睨みつけるとも取れる刺青の女の視線に、アマロックはしばらく思案したようだった。
手足を縛られたままなので手話は使えないが、魔族にも女が問うところは明らかだった。
{お前と手を組みたいからだが――
お前が美しいからでもあったな。}
太刀の切っ先で、女の脚を縛った紐を切断した。
きつく束ねられていた拘束が解けたために、彼女の意思とは無関係に膝頭が離れていった。
{さて、どうする。
魔族と取引するかね?}
両手はまだ背後に縛られたままで、それを解く気はアマロックには無いらしく、
手話以外で返事をするしかなかった。
「カムェ・ㇴ、まにまに。。。」
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