第465話 赤の女王の真相
”異能の正体だと?”
白骨のサロンにて、玉座の上で銀のケープをまとったササユキは、彼女にとっては長過ぎる髪を小姓にカットさせていた。
ケープと同色の髪を櫛が解き、切り落とされた髪の房が渦を描いて落下していく間、
ササユキは目を閉じ、城砦の網樹を通じて、羽化階層にいる主任錬成技官と”会話”していた。
錬成技官の業務は、
彼女たちを束ねる司令官であり、ササユキが彼女の姉たちと最初の城砦を構えた時期からの数少ない生き残りである主任錬成技官は、時々こうして、古い馴染みにこっそりと、有用な情報を伝えてくれるのだった。
”赤の姫君だったかね、あの人間の娘が巨躯兵を暴走させたときの操縦信号が巨躯兵側に残っていてね。
解析の結果、巨躯兵の操縦権を不正入手するまでの
異能王も同じカラクリで秘匿機構を回避して巨躯兵を操っているんだろう。
尤も、異能王だったらこんな、手がかりを残すようなミスはしないのだろうが。”
”ほう、凄いじゃないか。
キミが絶対安全と太鼓判を押した鉄壁防御を、アイツは一体どんな魔法でこじ開けたんだね。
そして、あっさり破られたキミにそれを解明できたというのも意外というか、神妙な感慨で拝聴する次第だよ。”
”実際はその逆だったよ。
異能王が使っているのは、言わば「どんな鍵でも開く錠前」だったのだ。”
ササユキの皮肉に取り合う様子もなく、主任錬成技官は感じ入った様子で告げた。
”・・・なになに?「どんな鍵でも?開く錠前?」っつったか?
そんなしょもない糞ビッチみたいなガラクタに、一体どうしてキミの鉄壁防御が破られるんだね。”
”前に教えた、秘匿機構のあらまし、覚えているかね?”
”ん?、、、ま、まぁごく薄っすらとは。。。”
主任錬成技官は、もう一度要点のみ簡潔に説明するのでよく聞くように、と前置きして始めた。
① 秘匿機構の原理は、操縦手である【(A)長手の生体旋律】と、長手の旋律から生成し、巨躯兵に埋め込まれる【(B)合成旋律】が、一対の鍵として働くことにある。
② (A)長手の生体旋律により施錠された情報は、対となる(B)合成旋律によってのみ解錠することができる。
③ (B)合成旋律によって施錠された情報は、(A)長手の生体旋律によってのみ解錠することができる。
さて、ここからが肝心なところだ。
④ 長手>巨躯兵の操縦信号は長手の旋律で施錠されており、②の手順によって合成旋律で解錠出来た場合にのみ正規の操縦信号として受理される。これにより悪意の第三者による不正操作を排除している。
⑤ 巨躯兵>長手の知覚信号は合成旋律で施錠されており、③の手順でなければ解錠することが出来ない。これにより悪意の第三者による不正傍受を排除している。
⑥ 加えて、長手側の鍵を城砦女王の旋律で施錠した二重鍵とすることにより、安全性を高めている。
”⑥については、今回の異能騒ぎには直接関係がない。
異能王はキミとの接続を必要とせずに巨躯兵たちを操っている。”
”そうだな。
ワタシがアイツに接続を許可した覚えはないよ。”
そこだけは、ササユキにもはっきりと自信を持って言えた。
”異能王の不正操縦を許したのは、④の段階で、巨躯兵が受信した操縦信号を「合成旋律で解錠出来た場合にのみ正規の操縦信号として受理」していることに原因がある。
これは言い換えれば、合成旋律で解錠可能な施錠信号を生成できるのは長手のみ、長手が持つ鍵を用いて施錠した場合だけだ、ということを前提にしている。
異能王はその前提を悪用し、「正しい鍵」である巨躯兵の合成旋律であれ、そうではないいかなる旋律であれ、どんな鍵でも解錠できる操縦信号を作り出して巨躯兵に送り込んだわけだ。
巨躯兵側は、④「合成旋律で解錠出来た」のだから「正規の操縦信号として受理」し、異能王の指示どおりに動くようになる。
ちなみに第一の指示は、⑤で施錠する知覚信号を異能王が受け取れるように、巨躯兵側の合成旋律を(異能王が)指定したものに書き換えろ、だったよ。”
”なるほどなるほど、、?
まぁごく薄っすらとは分かった気がするよ。”
”このカラクリなら対策は容易だ。
操縦者(すなわち正規の長手もしくは、異能王のような不正操縦者)から受信した操縦信号を、巨躯兵は直ちには受理せず、
まず、合成旋律で施錠した無作為情報を操縦者に送信するようにする。
操縦者はその情報を自分の鍵で解錠・再度施錠した上で巨躯兵に送り返す。
巨躯兵はそれを自分の鍵で解錠し、送信した情報と一致していれば初めて、先の操縦信号を受理するようにする。
こうすれば、正規の長手には、巨躯兵が送ってきた無作為情報を解錠して取り出せる一方、不正操縦者には解錠することが出来ず、当然巨躯兵に送り返すことも出来ない。
この手順を組み込むことで、正規の操縦者とそうでないものを見分けることが出来るようになる。
手順が増えることで、機敏性に若干の影響が出る可能性もあるが、安全性を考えれば、、、”
自分の思索と対話しているかのような、主任錬成技官の尽きることのない説明に耳を傾けつつ、
ササユキの表情は、その外見には似つかわしくない思索の深淵に没入していた。
はなから、秘匿機構の理解に拘泥しているわけではなかった。
そういったことは専門家である錬成技官に任せておけば良いことであり、彼女には王者の、この城砦の始祖として考えるべきことがあった。
そして彼女の直感は、かすかな、しかし看過すべきではない違和感を告げていた。
それは一体どこから来るものなのか。。。
”そうだよ。
赤の女王の話だったじゃないか。
アイツの異能の正体がそのポンコツ錠、というかこっちのポンコツだったとしてだ、それはせいぜい巨躯兵を操るチートに過ぎないじゃぁないか。
問題はそういうことか?違うよなぁ。
そのチートがどうやったら、赤の女王が和平を「強制」したり、従わない旅団を「陥落」させることに繋がるんだ??”
”それはワタシの専門じゃないというか、見たこともない現象の説明を求められても困る。
しかし、そうそう、、もうひとつ。
関連はわからないが、詳しいことを調べさせていた技官が興味深いことを言っていた。
不正操縦のために巨躯兵に送り込まれていた合成旋律なんだが、「実り多き網の根の樹」の旋律にかなり近しいものだそうだ。”
”・・・・何?”
実り多き網の根の樹=網樹。
国許、すなわち母の城砦から、少女ササユキとともに翔び立ち、1回目の築城と陥落を経て、今はこの山に根を下ろし城砦を形成している流動形質魔族。
ヴァルキュリアの播種者が父祖ならぬ母祖から世代を越えて受け継いでゆく唯一の財産とも言える。
”近しいが、相違も目立つ。
たとえば、実り多き網の根の樹が持つ、
実際、網樹なしではこのような大城砦を築くことはとても考えられないほど、ヴァルキュリアの生活は網樹に深く依存している。
こうして別の場所に居るササユキと主任錬成技官が会話ができるのも、神経のように城砦全体に張り巡らされた網樹の繊維が知覚交換網の役割を担ってくれるおかけだ。
”その一方で、他者の耐侵防護系を無効化、ないし欺いて自分を認識させないようにする機能が著しく発達している。
これは、宿主の防護系を突破して体内に侵入する必要のある、寄生性の旋律でよく見られる傾向だ。”
そして
秘匿機構もまた、網樹が元々持つ耐侵防護能を発展させたものであり、伝統的に長手に
元々の防護能、すなわち城砦に最も古くからある旋律、始原女王の旋律を
「異能王の異能」が
そしてその正体が、網樹に近しい、が異なるものであるということ。
「赤の女王の異能」はヴァルキュリアの旅団に対し「強制」や「陥落」を行いうるものであるとされていること。
そして、アマロックが始原女王であるササユキに会いたがった意味。
”・・・・全軍に告ぐ!異能王を探せ!!そして発見次第、、って、おろ?”
主任錬成技官との交信が途絶えていることに、ササユキは気づいた。
彼女と主任錬成技官のみならず、城砦内の全交信が、まるで網樹がその機能を停止してしまったかのように沈黙していた。
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