第464話 言語の起源

命拾いした安堵と、自分の情けなさに涙があふれてきて、

トヌペカはその場にへたり込んだまま、顔を覆ってしくしくと泣き出してしまった。


そう、アイツを殺すなんて、最初から出来っこないってわかってたしょ。

ユクをあんな目に合わせた相手に、何の手出しも出来ないなんて許せないからやっただけ。

なのに命拾いしてホッとしてる、魔族なんかに情けをかけられて生き延びるなんて。。。


また、瞼の裏の闇にユクの手の形が浮かび上がる。

その動きはさっきと一転穏やかに、よくやったとねぎらってくれるように思えた。

唐草模様の刺青に覆われたユクの手は、こんなユカラを歌っていた。


{知りながら悪を為さず、化生けしょうの業に抗いなさい

然れど窮せば、恥とせず助力を請いなさい

あなたは孤独ではないのだから

それが世果報へと到る道・・・}


すぐ側に人の気配がして、あの魔族が気が変わって自分を殺しに来たのかと、

トヌペカは、ユキヒツジの吠え声のような悲鳴を上げて跳ね起き、逃げ出そうとした。

相手は慌ててトヌペカの二の腕を掴み、蛇が獲物を威圧するような歯擦音を立てる。


”!?ナニナニ?、何なのぉ!?”


怯えきって錯乱寸前のトヌペカが、ヤコウタケの仄明かりで認めた相手は、あの、異能王の腰巾着みたいな、

ササユキの城でやたらとこっちをチラ見していた半人半獣の魔族だった。

それを知って、トヌペカは心底安堵の息を吐いた。


トヌペカが落ち着いたのを見て、マフタルもホッとしたように肩の力を抜いた。

そしておずおずと両手を胸の位置に持ち上げ、話しはじめた”言葉”は自然で、トヌペカははじめ何の違和感も感じなかった。


{ここにいちゃ、ダメだよ。

お母さんのことでベラキュリアたちも警戒しているから、

ヘタな動きを見せると、君まで殺されてしまう。}


・・・・・・・!!?


{えっ、、何で?

どうしてあんたが、あたしらの手話ことば??}


マフタルは言いにくそうに視線を逸した。


・・・異能王が群族の手話を使いこなすこと。

魔族が人間の言語を習得する方法。

そしてこのふざけた少年もれっきとした魔族であるということ。


トヌペカの頭の中で、バラバラだった知識がある恐ろしい考えへと組み上がっていった。


絶望とも憤怒ともつかないものがトヌペカの黒い瞳の中で燃え上がり、

まるで感電したかのようにその全身ががたがたとわなないた。

その様子を見て、マフタルは慌てて訴えかけた。


{ちっ、ちがうちがう。君のお母さんはまだ生きてるよ。}


その事実に喜びがあふれる一方、「まだ」という副詞がずきりと胸を刺した。

またその一方で、少年への警戒は解けなかった。


{じゃぁ、なして?

何であたしらの手話ことばが使えんのさ??}


{・・・僕たちは知っているんだ。

脳を食べなくても、人間の言語基体を読み取る方法を。}


{・・・}


{その方法は、、}


{・・・}


{恋をすることなんだ。}


{・・・・・はぁ?}


{知ってる?

いちばん初め、人間は相手のことを知りたくて、自分のことをわかって欲しくて、言葉を生み出したんだって。

相手に恋をしたから。

だから僕も相手のことばを知るために恋をする、、、ん?違うか、

恋をすると相手のことばを知りたくなる、、で合ってる?}


{ってことはさ}


{うん}


{あんた、ラフレシア人フレシサムの女の子にも恋したってこと?}


{・・あ}


{あとなんだっけ、クレストフカとかどっか色んな言葉しゃべれるんしょ?

やだなにキモいぃ。

恋愛体質ってやつ?}


{なっ、なんでそんなこと知ってるんだよ?}


{あの変態魔族が言ってた。}


{アマロック、、、協力してくれるんじゃなかったのかよ、、}


{協力? 怪しい。何のこと??}


{いやその、違うんだよ、、うん。

そうやって、僕のことをもっと知って欲しい。

僕が君たちの言葉を話せるようになったから、僕らはお互いのことをより良く知るることができるんだ。}


{・・・それって、告白?}


{うん、そうだね、って、今さらかーーい!}


マフタルの大袈裟な「絶叫」に、トヌペカは白い歯を見せて笑った。

その笑い声は、ナキウサギの鳴き声のように、音声言語に慣れた耳にはやや違和感のあるものだったが、

キリエラ人も声をあげて笑うんだ、ということをマフタルはトヌペカから学んだ。

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