第462話 魔族の素顔#1

出口のない迷宮の深奥、それまで誰も訪れたことのない深い地の底へとトヌペカは下っていった。

異能王は、闇の眷属である証の真っ黒いローブをまとい、好都合なことに壁を向いて突っ立っているようだった。


{どんなに見目よくても魔族の顔は仮面、人間から借り受けて被っているに過ぎないの。}


ユクの”言葉”が、瞼の裏に閃く。


{だからいとも簡単に、悪鬼の面に付け替える。

その下に自分の顔は持っていないの。それが魔族よ。

忘れないでトヌペカ、あなたは・・・・・}


話半ばに、ユクの手の残像は闇の中に溶けていった。


こいつは絶対に生かしておけない、この手で殺してやる。

トヌペカは帯に挟んだ短刀マキリの柄に手をかけた。


しかし、引き抜くことが出来なかった。

手も、短刀マキリの柄も、いつの間にか魔族の触手にびっしりと覆われていた。

焦り、振り払おうともがくトヌペカを見て、異能王はニタニタと笑っていた。

両足に、背中に腰に胸に肩に、おぞましい触感が這い上がってくる。


魔族の、薄笑いを貼りつけた人間の面もとおに剥がれ落ち、その顔も、

もはや口も目鼻もない、オニイソメかヤツメウナギの大群のような、うじゃうじゃとうごめく触手の束でしかなかった。


腕が、胴が、どんなにもがいても脱け出せない力で抑えつけられ、

両脚を巻き込んだ触手の束が、トヌペカの抵抗をあざ笑うかのように、ぐいぐいと押し広げていく。

やがて、重苦しいまでの圧迫感を伴って陥入してきたものが、内臓を抉り、骨を砕いていった。




再び、トヌペカは魔族の無防備な背に迫っていた。


逆手に握った短刀マキリを振り下ろしたトヌペカの腕は、

やわなエゾニュウの花茎を勢い良く払ったみたいに、空中で切断されてぽとりと床におちた。

魔族が振り返りざま、無数の鉤爪が生えた巨大な掌をふるう。

トヌペカの体はまるで肉屑のようになって壁や天井に飛び散った。




トヌペカが振り上げた太刀エムシは、針金細工のように捻じ曲げられて壁に突き刺さっていた。

トヌペカの手足はばらばらに引きちぎられ、魔物の汚らしい粘液にまみれてそこら中に散らばっていた。


巨大な翼を持つ黒い獣が、それを拾ってはボリボリと貪るのを、

トヌペカは、頭部だけになって、もはや瞼を閉じることもできない濁った目で眺めていた。


やがて魔獣が近づいてきて、トヌペカの頭を咥え上げ、噛み砕いた。

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