第460話 人間同士の絆

陽光と白骨のサロンでは、2体の死体と、間もなくその仲間入りをする見通しの女を並べての検分が行われていた。

おもにはベラキュリアの兵長が叛逆者の女を訊問し、ササユキとアマロックは後ろからその様子を眺めていた。


女は反抗するでもなく弁解をするでもなく、淡々と従順に訊問に応じていた。

しかし、たどたどしい言葉であるために、訊問の進捗は捗々はかばかしいと言えるものではなかった。


兵長が忍耐強く聞き出したところによれば、

女は最初からチェルナリアの協力者というわけではないようだった。

3日前、第7堡塁の偵察の際にチェルナリアの兵に包囲され、彼女と娘の助命、そして人質に取られた本物のテイネと引き換えに、

変装したチェルナリアの尖兵をベラキュリア城砦に引き入れるように求められた、という供述だった。


「それならそうと、どうして戻った時に打ち明けてくれなかったんだか。

ウチの連中だって悪いようにはしなかっただろうに。」


心底残念だ、といった眼差しを女に据えたまま、ササユキは隣りにいるアマロックに尋ねた。


「さて。

人間の考えることだからな。

自分や、群族に及ぶ危険に替えても得たい何かがあったのではないか。」


先ほどはヴァルキュリアを前にして、人間の心の機微について講釈を垂れたアマロックだったが、

見捨てられた同胞を作らないことで維持される絆、人間同士の信頼については理解しないようだった。


「それにしても彼女、よく黒の旅団に取り入る事ができたもんだよね。

ウチの連中なら、敵方の斥候を捕えた日にゃ問答無用でバラしちゃうと思うんだがなぁ。」


その結果、ベラキュリアとしては痛手となる内通者の侵入を許しているわけで、

巧妙な手口だと感嘆し、”ウチの連中”も作戦行動に取り入れてはどうかと思うものの、やはりヴァルキュリアの発想ではなかった。


「この女は、おれが捕らえられた時の訊問の場にいて、一部始終を聞いている。

黒の旅団から危害を与えられることなく、協力関係を申し入れる方法を知っていたのさ。」


全て、アマロックの言う通りだった。

チェルナリアに対して”敵意がないことを示して投降する作法”、

「実り多き網の樹の根は月曜日の殺戮を求めない」という謎めいた宣言を、

3日前、アマロック捕縛当日の訊問の場で刺青の女は聞いた。――いや、聞かされた、と女は胸の内で言い直した。


それはチェルナリアが協力者を識別するための一種の合言葉であり、

刺青の女は抜け目なく覚えておいて、自分と娘を襲った危機の回避のために使ったのだった。


「そうかいそうかい、あちらさんのになっちゃったのかぁ。

ワタシとしては残念だが、アナタの意志を尊重しよう。

ご冥福というか、転生後のご活躍を祈念するよ。

今まで、ありがとねっ。」


「もうすぐ和平を締結する相手の協力者だろう。

貢献に免じて、寛大な処置で済ましてやるわけにはいかないのか。」


「ふむ。。。」


ササユキは考え事をする時の、椅子の下で足をぱたぱた振り動かす癖をしばらく見せてから答えた。


、だ。

こんなことされて、すんなり連中との和平に進んだものだろうかね?

新任の軍師殿[仮]はどう考えているんだいっ??」


ササユキの、なじるというよりは、笑うのを堪えているような詰問に、

アマロックもまた薄ら笑いをもって答えた。


「この女を裏切り者に仕立てたことには、おれにも責任の一端がある。

償いのために、あなたからのご指名を謹んで受けよう。

先の条件、残すオオカミをどれにするかはもう決めてある。

そのなかに赤の姫君は含まれぬが、よいか。」


「それは君の切り札だ、どう使おうともワタシが口出しすることじゃないよ。」


ササユキは満足そうに頷いて、再び刺青の女に向き直った。


「というわけでだ。

なおさら、前任の軍師殿に居てもらう理由はなくなっちゃったみたいだねっ。」

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