第458話 落剥#3:心の機微
そのあとに続く、一呼吸の間に起きた出来事を、
アマリリスが正確に理解したのはずいぶんと時間が経ってからだった。
武器に手をかけた
その頭部から肩口にかけての表皮が破裂するように四散し、中から現れたものは、人間はもちろん、いかなる生物の頭部とも、似ても似つかない異形だった。
獲物を待ち構えるカマキリの前脚のように、小さく折りたたまれた黒い構造体、
トヌペカの
ササユキは鮮血の弧を描いて仰向けに倒れ、その弾みで眼鏡が外れてサロンの床を滑っていった。
ようやく抜刀した
凍りついたような空気の中、給仕の少女のひとりが、床に転がった女王の眼鏡を拾い上げ、自分の顔にかけた。
そしてシニヨンに結った髪を解くと、髪の長さこそ違うものの、そこにもう一人のササユキが出来上がった。
ササユキは、度が合わない眼鏡を掛けさせられた子どものように、鼻梁の部分を押さえて2、3度目をしばたいてから、
目を見開いたまま床の上で絶命している自分には見向きもせず、もう一つの死骸のほうにつかつかと歩いていって、後ろ手を組んでしげしげと見下ろした。
「で?
何がしたかったんだねコイツは。」
「あちらさんも、あなたと同じように考えたということだろう。
そいつが
アマロックが、頬についた血痕、ササユキが倒れる時に降り掛かった血飛沫の痕をローブの袖で拭いながら答えた。
「なるほどねぇ。
この場合、一枚上手だったのはどちらということになるのかな?」
ササユキはなおも感心したように、テイネ[仮]の無惨な骸、
体内に収められたおぞましくも精巧な暗殺の武器の構造や、トヌペカの
アマロックは薄笑いを浮かべて、
「あなたの暗殺が目的なら、最初にホールで会ったときにやっているはずだ。
諜報が主な役目だったんだろうが、何がどこまで
「なるほどっ。
死人にクチナシ、となれば生きている者にその輪郭なり芳香を語ってもらうしかあるまい!
実に、う~ん、実に実に楽しい歓談になりそうで嬉しいよ。
なぁ、ゴスポージャ。そうだよなぁ?」
そう言って、本当に嬉しそうな様子で駆け寄ってきたササユキに鼻白んで、
「そういうことは、こっちの娘の身体に尋ねるのがよかろう。」
顔面蒼白で硬直しているトヌペカを、アマロックは白々と指差した。
「なぜだね。情報を握っているとしたら明らかに母親のほうだろう?」
「畏れながら、あなたも女王ならばもっと他者の心の機微というものを学んだほうが良い。
むしろおれよりも、あなたがたヴァルキュリアにとって理解はたやすいのではないか。
自分に加えられる危害に対してこの女は口を割らない。
群族を守ることが、自分の生命よりも重要なのだ。
人間とはそういうものだ 。
ならば、そのより重要なものを脅かせばよい。」
掌を上に握った左手を、アマロックは一本づつ開いていった。
次々に醜悪な魔物の爪が現れ、甲に金色の目が開いた。
その視線の先にある少女の華奢な体を、5つの爪で上からなぞるようにしてみせてから、その母親に尋ねた。
「それとも、別の
あまりにも下劣な脅迫に、
が、怯懦の冷水を浴びせかけられたように、すぐに鎮静していった。
四方から、
群族一の剣士は、腰に帯びた長刀を鞘ごと引き抜き、
間もなく捕縛されようとしている女は束の間、アマロックをひと睨みして、両手を胸の高さに持ち上げた。
{そうか、あれはお前だったのか。
まるで姿形が変わっているから気づかなかったよ。
ずいぶん優男に化けたじゃないか。}
薄笑いを浮かべてこちらを見ている仇敵を、トヌペカの母は睨みつけた。
思えばその金色の瞳だけが、トヌペカの姉の最期とともに刻まれた記憶に一致していた。
{先に行って楽しみに待っているよ。
おまえをこの手で八つ裂きにする日を、地獄でな。}
{あいにくだが}
アマロックが本当に残念そうに応えた。
{魔族とオオカミは、死んでも地獄や天国には行けないんだそうだ。
だからそこには、おまえ一人で行きな。}
トヌペカの、絹を裂くような悲鳴がサロンに響き渡る。
アマリリスが彼女の声を聞くのは初めてだった。
ユクに縄が打たれた。
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