虜囚たちの風雲

第456話 落剥#1:ミサゴの爪

巨獣の骨格のサロンで、芋虫が這うように進む時間を、カップの中の水面を見つめて過ごしていたマフタルの前に、

観音開きのドアは唐突に全開した。


「諸君、大変長らく待たせたなっ。

新郎新婦がお色直しからお戻りだ。」


軽妙なステップを踏んで入ってきたササユキ女王を先頭に、当然ながら、出ていったときと同じ装いで戻ってきた二人。


どっちだ??


マフタルは目を凝らした。

と言ってもアマロックのほうは、いくら凝視したところで何もわからないので、、

相変わらずうわの空、のぼせた?あるいは酔ったように、軽く上気して見えるアマリリス。

その首にはまだ、赤いチョーカーが揺れている。

アマリリスはまだ、状況の変化に気づかされていない。


ということは、やるのか・・・”あれ”を。


マフタルは戦慄を含んだ動揺から、何度目かもわからない明らかなミス、

見まい見まいとしていたトヌペカの方へと視線を走らせた。


その視線は、正面から待ち構えていたトヌペカの双眸に捕捉された。

さっきからチラチラとこちらを見てくるので、怪訝にも気味悪くも思いながら観察していたトヌペカの理外の目力に、

マフタルは度肝を抜かれ、ミサゴの爪に捉えられた川魚のように、自分からは視線を逸らすこともできなくなった。


トヌペカのうちで、何者かが警鐘を鳴らした。

それは、彼女を見守り導く先祖の霊だったかも知れないし、歴代の群族の長に連なる血、

あるいは他人には見えづらい、ようやく開花した彼女自身の才覚だったのかも知れない。


マフタルの目に浮かんだ哀願の色、こちらの身を案じ、許しを請い、更に何かを伝えようとする気配に、

トヌペカの不審ははっきりとした不安に変わった。

”何かある”


異変を察知しても、それに対処する術は自分には備わっていない(トヌペカはそう考えていた)。

ユクの気をひこうと見上げるが、ユクユクで、異能王とササユキのほうに気を取られていて気づかない。

うぅ、、ユキヒツジの時だったら気づくのに。

これだから人間の身体って。。



一同が再び着席し、お茶のおかわりが運ばれてきたところでササユキは言った。


「さて、どうも異能王夫妻とばかり喋りすぎたかなっ。

他にもお客人を招いていたのに、失礼を許してくれたまえ。


そちらの奥方様ゴスポージャも、ウチの連中のために日々尽力してくれているそうだね。

ありがとう。

異能王がウチの旅団の最高司令官に就任、の暁には ――ワタシはそうなると信じているよ

もちろんアナタにも相応の地位を用意させてもらうつもりだ。

異能王の右腕となって、この城砦の栄えある未来を支えてもらいたい。

なぁ、そうだよなぁ?」


ササユキはそう言って、壁際に居並ぶ兵士のほうを見やった。

中央に立つ兵長が、女王の呼びかけは聞こえた、という意味の目礼をした。


トヌペカのユクはその内心、”異能王の右腕だけはまっぴらごめんだ”は微塵も見せず、

この城砦で初めて見せる、何ならトヌペカですら見たことのないような慇懃な笑顔で深々と一礼した。


「昨日は休息日オフだったらしいじゃないか。

お子様方と一日ゆっくり過ごせたか?」


異能王が会話に入ってきた。

さっきは口をつけなかったお茶を啜りながら、腹立たしいほど自然な笑顔で。

ユクの表情は、思い人に裏切られた乙女の変貌ぶりもかくやという速さでもとの鉄面皮に戻り、

その目力で、兵長に代理の説明を求めた。


「・・・昨日軍師殿におかれては、城砦内にてお勤め賜った次第。

本日は、敵陣の動静を偵察頂き、先ごろお戻りになった由。」


「それはご苦労なことで。」


それっきりお茶を啜っているアマロックの後を継いで、ササユキが続けた。


「天険のキリエラだったかね、ユキヒツジの身体をお持ちだとか。

素晴らしい。

ワタシたちは育ちかたによって色々とアレだが、全く別の生物に変身することはできないからねぇ。

自分の身体では到達不可能な峻峰や絶壁を駆け巡るというのはどんな気分かと、羨みとともに想像するよ。

そちらの利口そうなお子様方も斥候の勤めを果たしてくれているとか。

ありがとう、年若いのに立派なことだ。」


そう言ってトヌペカとテイネ[仮]に目を細めるササユキは、

年格好は二人と変わらないというのに、孫たちをいつくしむ老女に似た、穏やかな重みがあった。


「今日も3人で行ってきたのかね?」


ユクは、内面の緊張を包み隠した笑顔で、再び兵長に代弁を求めた。


「本日は軍師殿単身でのお勤めなり。

一昨日の戦場にて、ご子息が変化のすべである形代を紛失された次第。」


「おやおや。

それは結構な大事じゃないか、また作るってことは出来るのかね?」


・・・薬師の御婆が生きていたならば、しかし事故で変身膏薬も失い、

といったことをどう代弁させたものか。

拙い言葉になるが、自分で伝えるしかないか、、

と考えていた時、アマロックが再び口を開いた。


「そのことだが。

先ほど会談に来たチェルナリアの兵長が、これを手土産に届けてくれた。」


そう言ってローブの内側から丸い包みを取り出し、ユクに投げてよこした。

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