第455話 伽藍の深奥#3

「門」が開き、金色の光が周囲に溢れてゆくにつれて、中央に立っていたササユキは脇に退いた。

アマロックとアマリリスは階段を下りきり、白い巨体の下をくぐってその正面に立った。


そこで繰り広げられる光景に、アマリリスは身の毛がよだつような不快を覚える一方で、吸い寄せられたように、目を逸らすことができなかった。

金色の光の中に、幾組いるともわからない全裸の男女が浮かんで縺れ絡み合い、お互いの肉を掻き寄せ混ぜ合わせようとするかのような営為に、一心不乱に興じていた。


誰が誰を愛撫し、あるいは責め苦しめているのか、ともすればてんでに揺れ動く肉の隆起が、どの男女の腹、乳房、臀部、あるいは別の部位であるかの判別すら戸惑うほどに入り乱れた肉の奔流。

初めて見る人間の交合が、これほど穢らわしく醜悪な行いであったことに、アマリリスはショックを受けた。

それはまるで、神が人間に禁じた大罪の一つを見るような厭悪だった。


最悪。

あたしと、アマロックもこんなことするの?


不快感とともにに、胸を掻きむしられるような不安がこみ上げてくる。

顔を背けた先で見上げたアマロックの横顔が、厳しい表情で眼前の痴態に目を走らせているのを見て、ホッとした。

そうだよね、アマロックとなら、、、



アマリリスの目を眩ませたのは、一重にその光景の刺激の強さばかりではなかった。

際限ない狂態を繰り広げる肉体の配置からも明らかなように、門の内側、怪物の胎内は金色の光と共に、水よりもやや粘度の高い液体で満たされ、滲んだように光を散乱させていた。

そこに浮遊する男女の身体には、成熟した身体にはないはずの器官が見られた。

上方、怪物の胴の方から延びてきて、個々の臍に接続する白い管。


更に、女性の腹から延びる臍帯は男性のものよりも太く、途中で2本に枝分かれしていた。

その一方は、上から下りてくる帯とは逆に下へ、―― 怪物の身体の末端であり、その下には城砦の本体がある方向へと続いていた。


アマロックは左手でそっと、門の内側の壁面に触れた。

弾力はあるが重く硬い手応えは、外からその内部に侵入することも、逆に内部から外に出ることも拒絶する強固な隔壁であることを示していた。


「これが、あなたの胤というわけか。」


「ふふっ。

我ながら、母の愛ここに極まれりという次第さね。」


ササユキは、王者の威厳から一転、もとのおちゃらけた調子に戻って言った。

それはアマリリスにはどうも、我が子をおもんばかる母というよりは、自分の欲求を押し通すことだけを追求している未熟な大人の印象に感じられた。


「この城砦を構えて、はじめてタネ――播種者を宿したときは嬉しくてねぇ。

せっかくはらを痛めて大きくした我が子らを、この体内から出さずにおくわけにはゆかないものかと。

そこで、ウチにいる錬成技官に頼んで、ちょいとリフォームしてもらったんだ、狂戦士バーサーカー養成技術の応用でね。

高くはついたが、結果には大満足さ。」


そう呟いて金色の奔流に見惚れる顔は本当に嬉しそうで、自分の子煩悩ぶりを来客に披露することへの気恥ずかしさは見受けられても、

呼吸も発話も出来ない(その必要もない)羊水の中に揺蕩たゆたい、快楽もしくは苦悶に喘ぎ悶える吾子らに対して、何か感じるところはないようだった。


固く抱きすくめた体を激しく突き上げられ、全身を打ち震わせて悶えていた娘が、不意に顎を上げて身を仰け反らせ、そのあとは糸が切れたように動かなくなった。

絡み合っていた男はあっけなく娘の体から離れ、別の場所で交合している男女のほうに泳ぎ寄っていった。

打ち捨てられ、ゆっくりと横転しながら漂う娘の、腹から延びて地下に向かう管の中を、白濁した液体が波打って運ばれていくのを、ササユキは満足そうに眺めていた。


「あなたの今の素体は、あつらえ物ということかね。

確かに、”本体”よりは動きやすそうだが。」


アマロックは肉の狂宴から、視線を上に動かして尋ねた。


「いや、これもれっきとした本体さ。

言ったろう、氏より育ちだと。

挿し木の要領で、これも主任錬成技官に錬成してもらったのだよ。

意識はまだあそこにあって、網樹モウジュを介して転送している。」


ササユキの方は自らの胎内に眼鏡越しの視線を据えたまま、人差し指で頭上、”頭上にある頭脳”を指した。


「しかし結局のところ、精神など肉体の玩具オモチャに過ぎんということだろうかね。

ウチの孫たちにお世話されているおばあちゃんだというのに、この身体でいるとどうも気まで若くなって、

良いんだか悪いんだか。」


「難題だな。」


アマロックはそれこそ老人相手の世間話でもするような調子で笑って応じた。


「それにしても、いいものを見せてもらった。

あなたの”裁可”は確かに頂戴した。

赤の女王もさぞお喜びになるだろう、近々彼女自らあなたを訪ね、真の王権を分封することになるはずだ。」


アマロックはササユキの手を取り、その甲にうやうやしく口づけをした。

その仕草に、アマリリスはお定まりのわかりやすい嫉妬と同時に、由来の知れない、胸を刺すような哀切を感じた。

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