第454話 伽藍の深奥#2

赤の女王からの、”伝言”


「まずはここに到るまでの、あなたの配慮に感謝しよう。

赤の女王からの伝言は、彼女と同じ立場にある者にしか伝えられないことになっている。

なぜならそれは、王権の務めを負う者を利する内容であって、

それ以外の者、あなたを王座に留め置き、旅団を運営している『私/我々』のための条項ではないからだ。」


踊り場の床が放つ燐光の具合か、ササユキの姿が、つむじ風にあおられた陽炎のように揺らいだように見えた。


「ヴァルキュリアにとって最大の背反は、城砦の中にこそある。

旅団の創始者でありながら、女王には何の権力も残されていない。

ただ、播種者と、それより遥かに多くの兵卒、狂戦士バーサーカー、といった素体を生産する装置に過ぎないのだ。

あなたのあらゆる関心、願望は『私/我々』によって統制され、実現を阻まれている。

赤の女王の真実は、そういった不遇をかこつ王者の味方なのだよ。

彼女の宣託を受け入れるなら、この城砦の支配権があなたの手中に戻ってくる。

そうなったら、何が起きるだろうか。


実際のところ、『和平』は強制される条件の類ではないと言うことになる。

むしろそれは播種者である女王が実質の王権を握ることの、必然的な帰結なのだ。

女王にとって、『私/我々』が支配者ではなく従僕となるならば、その色合いが白いも黒いも、もはや区別の必要すらあるまい。

和平が成立すればそれらの資材を、”あなたが”真に重要と考える事業にのみ集中させることができるようになるからだ。」


踊り場の床の照度が上がり、そこがどのような場所であるか判別出来るようになってきていた。

視線を上げ、アマリリスは息を飲んだ。

踊り場の上を覆う天蓋のように見えたものは、これまで見た中でも飛び抜けて巨大な狂戦士バーサーカー、に似た姿の白亜の怪物だった。


ササユキの身長ほどありそうな頭には、太いたがねのような牙の並ぶ口吻が突き出し、両目は、太い針金で縫い留められたかのような具合で閉ざされている。

その背は、この地下空間の天井と融合し、胴体を吊り下げられた格好になっている。

踊り場を取り巻く柱に見えたのは、その胴から垂れ下がった多数の肢だった。

その胴は後方で異様に膨れ上がり、踊り場の向かい側を塞ぐ壁となって、床まで届いていた。

甲虫の腹部を思わせる体節の浮き出た腹は、その中央に一筋の縦溝が刻まれている。


時おり肢や頭を振り動かす他は、眠ったようにじっとしている巨体をその頭上に戴き、ベラキュリアの女王は言った。

その声は今や王者の威厳を備え、彼女の頭上の白亜の巨体から発されているような低い凄味を帯びていた。


「改めて言うが、ワタシの願いは権力ではない。

ワタシのタネ、かわいい我が子たちが、この城砦から羽ばたくことだ。

それが叶うというのかね。」


「いかにも。

今は『私/我々』の側にある、播種者の調もあなたが牛耳ることができる。」


怪物の腹に刻まれた縦溝が左右に開いてゆき、その間から金色の光が流れ出てきた。

目も眩む光の奔流は外部の淡い燐光を打ち消し、その内に秘められた城砦女王の深奥を、見るものの眼前にさらけ出そうとしていた。


「これで契約成立だ。

異能王くん、君のカードを取るがいい。」

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