第452話 切り札の一枚
天にも昇る心地で、心ここにあらずだったアマリリスとは逆に、
トヌペカの
聞き取れる言葉の数に限界はあっても、ここ一番で発揮する集中力と洞察がそれを補った。
「おれもあなたと同じように考える。
切り札は何種類か用意しておくべきだ。
そして、より重要なのは相手の手札を読むこと。」
ササユキ女王は満足そうに頷いた。
「全くもって同感だね。
しかるに、実際は難しいことも多いのではないかい?
勝負の相手方も警戒して、自分の手札を知られないようにするものだろう。」
「勝者総取りのゲームならそうなるだろうな。
だが、おれとあなたが張ろうとしている賭場は違うはずだ。
密盟を結んだものの間で手札を明かして共闘し、共に”栄えある未来を築く”こともできる。
赤の女王が探しているのは、そういう盟約者たちなのだ。」
「ふむ。。。人払いが必要かい?」
壁際に整列する兵士たちのほうに目をやりかけたササユキ女王に対し、
アマロックは静かに首を振った。
「残念だがそれでは不十分だ。
横から覗き込む者がいなくなっただけで、手の内を明かして見せたことにはならない。」
「ほぉ。
ワタシの
「畏れながら――赤の女王の密使を、その手札に加えようとしているのなら。
女王が女王たる所以を確認させてもらいたい。」
ここまでの展開に、昨夜マフタルから聞き出した話と矛盾はなかった。
赤の女王からの「伝言」は、女王以外には伝えられない。
そして異能王が求める「女王」は明らかに、あどけない少女の姿をしたこのササユキではない。
ヤナギランの娘も不憫なものだ。
まるで、ひな壇で祝福を集める花嫁にでもなったような顔をしているが、その実、結納品の保管係に過ぎないのだから。
その場を俯瞰している認識の
実際には彼女が昨夜マフタルから聞き出したのは、アマロックが手元に置いた札の一番上の一枚、
それも、絵柄の肝心の部分は巧妙に隠されたものだった。
マフタルは自分の緊張や動揺が表に出ないよう、それだけに努めていた。
おまえはどうしたって全部顔に出るタイプだから余計な小細工はしなくていい、
どうせ、会談の場ではおまえのことなんか誰も気にしちゃいない。
アマロックはそう言っていたが、その言葉に甘んじることも、他者の耳目をその身に集めることを存在意義としているかのような彼の本能的な部分が許さず、
とはいえ今は、ササユキ女王や
わざとらしく取り澄ました調子と、それでも抑えきれずに飛び出してくる焦りや動揺、それを取り繕おうとする仕草の対照がかって目立っているような調子だった。
落ち着け、こういうときは予習を兼ねた復習だ。。。。。
「あたりまえだが、すんなりことが進む場合のことは何も考えなくていい。
そうならない場合、大きく2つシナリオが考えられる。」
アマリリスが居眠りしている間に、マフタルはアマロックに呼び出された。
もう一つの隠し事を抱えていっぱいいっぱいの少年に、素知らぬ顔で魔族は告げた。
「ひとつは、
この場合のこちらの手は、少々骨の折れる荒事、もしくは撤退だ。
もうひとつは、和平自体には前向きだが、締結にあたり何か不都合があるとか、条件面で折り合いがつかないといった場合。
こちらはケース・バイ・ケースで、基本は対策前進になる。
今考えられるのはざっとこんなところだ。
どちらの場合も判断はおれが下すから、おまえは何も ――自分がすべきと思うことをすればそれでいい。 」
「・・・りょ。」
「なにか質問は?」
「ある。
どうして、あの人たちまで会見に連れて行くんだい??」
”あの人たち”、トヌペカやその母たちのほうを視線で示してから、自分に突き刺さってくるアマロックの視線に耐え難くなってマフタルは俯いた。
アマロックが微かに笑った。
鼻で嗤うような冷笑とも、弟の
「あいにくだが、あの人たちが切り札なんでな。
前者のシナリオで行く場合、あの
そして後者のシナリオになった場合だが ―――」
ここまでの展開で、和平そのものが破談になるような方向性にはならなそうだった。
ササユキ女王の出した「条件」には肝を冷やしたが、それも保留で話が進んでいるわけで、折り合いをつけられない内容ではないということだ。
どうか、ここはひとつ”すんなりことが進む”方向性で、、、ッ!!
「ふむむ。。。
わかった、いいだろう!
むやみに他所様に披露するようなものではないが、ワタシと異能王の仲なら隠す理由は何もない。
ついてきたまえ。」
ササユキはそう言って、その玉座からひょいと飛び降りた。
そしてトヌペカの母をはじめ、列席の客に一礼した。
「悪いがここから先は、王たる者同士の場になる。
諸君はしばしこの場にてご歓談を楽しんでくれたまえ。
では失礼する。」
かわいらしい小姓のようなササユキ女王の先導で、
この場に及んでも表情一つ動かさないアマロックと、
その腕に導かれ、まるで生涯の誓いの祭壇を下りたばかりで、周りのことなど何一つ目に入っていない花嫁のようなアマリリスは、
連れ立ってサロンから出ていった。
マフタルは心底からの安堵の息を吐いて、思わずトヌペカのほうに目をやった。
ため息というより咳払いのような調子だったその吐息に注意を引かれて、トヌペカがこちらを見る。
初めて自分に向けられたその視線にドギマギして、マフタルは視線というより顔を少女から背け、すぐにしまったと思った。
そのままトヌペカのほうを見られなくなってしまったマフタルの脳裏には、
直前にサロンを去っていった二人、憂いを知らぬ伴侶には似つかわしくない黒衣の姿がこびりついて離れなかった。
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