第449話 赤の女王の宣託#1

男女一組で3組の可愛らしい給仕たちが、その場にいた全員――

大窓とは反対の壁際に直立不動の姿勢で居並ぶ兵士を除く全員に一人づつ、「お茶」を手渡して回った。

持ち手のついた陶器のカップに注がれた、琥珀色の液体。

恐る恐る口をつけてみると、爽やかな香りと、紅茶チャイのそれとも違う苦味と酸味、微かな塩気も感じた。


カップを受け取ったものの口をつけようとはせず、アマロックは続けた。

それは彼の要望で実現したこの会談の、核心に切り込むものだった。


「今は跡形もない旅団をかつてチェルナリアが破滅させ、

現在はベラキュリアとして再興した旅団が、チェルナリアと争い、奪い合い、破壊し合う。


赤の女王クラレヴカは遠い山々の彼方にあって憂いているのだ。

身に帯びる色の違いはあっても、同族のヴァルキュリアの旅団がこのように相争い、お互いを滅ぼすことを。」


アマロックの口に上った『赤の女王』の言葉に、ササユキ女王の表情が変わった。

それは例の妖艶な視線の表情とも違った、穏やかな笑顔でありつつ、そして子どもの姿をしていても、なるほど彼女は確かにこの大城砦の君主なのかもしれないと思わせる凄味を帯びたもので、

そんなことを思わせる表情というものを、アマリリスは人間にも、魔族にも、それまでに見たことがなかった。


「で、キミはその赤の女王クラレヴカ伝道者エバンジェリストというわけかい、異能王くん。

ウチの巨兵戦隊を操る異能なんかもらっちゃって、彼女とはどういう関係なんだね。

王と女王で、やっぱり赤の女王クラレヴカとはねんごろの仲なのかいっ?」


なぁんだとぅッ!?💢


「おれはただの伝言役にすぎないし、実際には彼女と会ったこともない。

そして”異能王”はおれが言い出した通り名じゃあない。

不相応だと思うなら、今後は異能エバンジェリストとでも呼んでくれ。」


「ふふん♪

で、そうやって赤の女王の宣託を伝道して回っているわけだ、

争いをやめたまえ、悔い改めて赤の女王に征服されたまえ、迷える子羊たちよってか。」


「赤の女王は征服者ではない、彼女自身の旅団さえ持ってはいない。

代わりにこうして、おれのような密使を使って、各地のヴァルキュリアに和平を薦めているのだ。

彼女が持つ異能のほんの片鱗を預けて、争いの先にある破滅を示唆させながら。


赤の女王の宣託を受け入れ、和平に合意するならば、争いに傷つき、蹂躙される日々からは解放される。

赤の女王は、門下の旅団が他者を攻撃することも、されることも許さない。

それを知らず、あるいは和平の誓いを破って彼女の門下の旅団に危害を加えたら、その旅団は地上から消え失せることになる。

それらが、赤の女王によって陥落させられた旅団だ。」


ここまでは午前中、チェルナリアに説明していたのと同じことだ。

でも、、


「ふむ。」


子どもっぽい仕草で首を傾げた一考の後に、ササユキ女王は尋ねた。


「話はわかった、、かな?

かな?というのは、赤の女王はいったいどうして”和平”なんてものを推してくるのだい?

ウチのと、どこぞの旅団が争おうが滅びようが、いやしくも女王たる身に何の利害があるというのだね。」


そう、アマリリスが違和感を覚えるのも同じ点だった。

ヴァルキュリアの戦争が終わり、殺し合い、奪い合いがなくなる。

そうなったら素晴らしいことではあるけれど、協力と裏切りが同じ天秤に掛けられる魔族の世界で、本当に和平なんて実現するのだろうか?

本物の人間同士ですら難しいのに、、と考えるのは、あたしが人間だからこその傲慢なのかもしれないけれど。


そして、そんな物語に書かれた理想郷、”どこにもない場所”みたいな和平を説く「赤の女王」。

誰もその姿を見たことがないという調停者は、やろうとしていることの現実感のなさもあって、知れば知るほど曖昧模糊とした存在に思えてくる。


「さて、

やんごとなき身分ならではの、浮世離れした崇高な理想か、彼女しか知らない目算があるのか。

他人が考えることなど、おれにはわからんよ。


たとえば山はおまえたちに被害をもたらす目論見で火を吹くわけではないだろう。

それとは逆に、ベラキュリアの救済となる天変地異が起きたとして、不思議がる理由はないのではないか。」


「それで黒の旅団は納得したのかね?」


食い気味に白の女王が訊ねる。


「前向きに検討するということでお帰りになったよ。」


いや――チェルナリアたちはそんなこと訊かなかったんだけどね。


「それはキミに応対したのが一般兵卒したっぱだったからだろう。

あちらの女王の反応はどうなんだね。」


「それは、まだ聞けていないな。」


「ふふん♪」


楽しくて仕方がない、という様子で、ササユキ女王は子どもがよくやるように、椅子の下で足をぱたぱたと振り動かした。


「いいね、返事が楽しみだ。

OKだと言ってくるようなら、アイツもまだまだ青いというか、

苦労らしい苦労も知らんから、知恵も足らんということになるね。」


「では、苦労人の白の女王の返答はいなということか。」


「そうは言っていない。

ただし、条件がある。」

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