第447話 女王の居城#1:白骨のサロン
この少女が、この城砦の『女王』。
甲冑を着ていないせいか、他の兵卒よりも一層幼くすら見える姿を、アマリリスはまじまじと眺めた。
女王の孫だ、と紹介されたなら納得していたかも知れない。
ドレスの裾から伸びるレースの靴下に覆われた細いふくらはぎも、たおやかな腰も、まぎれもない童女のそれだ。
とても、この城砦に群がる
アマリリスの視線に気づいて、ササユキ女王は少しユーモラスな印象もある眼鏡越しに、例の、
それだけは容姿にそぐわない妖しい視線を送ってきた。
「ワタシたちは、氏より育ちなのさ。」
・・・はぁ?
「さて! 立ち話もなんだ、奥にお茶の用意が出来ている。
諸君、ついてきたまえ。」
畏れ多くも女王御自らの案内で、飴色の伽藍の奥へと案内された。
闇の口の階段を
セミの羽の輪郭のように、片側に偏ったアーチの連続する廊下は、アーチとアーチの間を半透明のガラス(?)が覆い、外光を内に取り込んでいる。
通路の突き当り、同じ半透明の薄板を、奇怪な生物の骨格を映し取ったようなフレームに嵌め込んだドアの前に女王が立つと、ドアは待ち構えていたようにひとりでに、ゆっくりと両開きに開いた。
ドアの内側は、日当たりのよい、広々としたサロンのような空間だった。
しかしその天井や壁、柱は、継ぎ目のない白亜の曲線で構成され、そこここに配置された、大きな動物の骨を連想させる柱が空間を縦に切り分けている。
西側、左手の一面は、透明で外を見渡せる窓になっていて、日差しが、異界の一角とは思えなような柔らかな陽光となって室内に差し込んでいた。
あの古代サイよりももっと巨大な、とうに滅びた動物の骨格の中に入れられたような空間のそこここに、
巨獣の腹の中に住み着いた寄生生物のような、奇妙なデザインの椅子が置かれていた。
「適当に掛けてくれたまえ。」
女王はすたすたと先に歩いていって、その椅子のひとつに、客人たちの方を向いて腰掛けた。
アマロックについて、女王の左手に2つ並んだ椅子の方に行きかけて、アマリリスはサロンの左側面を占める大窓の前で足を止めた。
異様だが穏やかな雰囲気の室内とは対象的に、透明な石英の窓板一枚隔てた外界には、
沈黙の地下が地上にもたらした破壊の凄まじさを、アマリリスははじめて間近にその目で見ていた。
城砦が依って立つ火山が吐き出した溶岩や噴石はその西斜面全体を、死者の霊を黄泉の国へと運ぶ川の河原のような、動くものの姿どころか、
生命の再生など未来永劫望むべくもないと思える世界に変え、今もなおあちこちで、白い噴煙がたなびいている。
さらに、溶岩や噴石の直撃を受けたよりもずっと広い、西に向かって見渡す限りの一面が火山灰の被害を蒙り、
それを
西の正面に見える連山も頂上まで灰に覆われ、その手前の谷も、完全な死の世界だった。
彼らの手がかりが見つけられないかと、アマリリスは懸命に目を凝らしたが、明らかに無意味な努力だった。
かわりに、一面が灰に埋もれたために、その輪郭が目立つようになった構築物がそこここに認められた。
大小の堡塁やトーチカに、倉庫か、あるいは何かの生産設備なのか、横に広い平屋の建物。
その屋根は火山弾の直撃を受けて穴が開き、そうでなくてもその機能は完全に停止しているようだった。
多くの努力を積み重ねたであろうそれらの営為が、無惨に喪われてゆくさまは、部外者であり、
一方でこの旅団の元首である女王は、大窓の前を通り過ぎた時も、自分たちを襲った災厄に一瞥すらくれる素振りは見せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます