第446話 城砦尖頂部#3:幽世の六花

昨日は樹洞のバルコニーから見上げていた、この城砦の上層を構成する尖塔の林は、

その梢で融合しあってひとかたまりとなり、巨木に根を張った宿り木のような、それ自体かなりの大きさと高さのある独立の構造物を形成していた。


意志と知性のある存在が組み上げた礼拝堂のようにも、自然の摂理が異変を起こし、城砦の構造材ごと空間を歪めて作出された奇景のようにも見える。

屋根の上には3本の、不ぞろいな大きさの尖塔が立っていた。

登坂の途中で見た糸杉のような細く高い尖塔に比べれば相対的に短く、ずんぐりとした印象もあったが、ともあれそれ以上に遮るものはない天をさして聳えている。

その各々の頂上に1羽ずつ、ガーゴイルの翼竜が泊まり、三方を睥睨へいげいしていた。


白亜の階段はその終点でひとすじの小径こみちとなって、”それ”の中へと続いていた。


ねじれ脈打つ列柱のエントランスをくぐって中に入ると、内部は石化の森のホールに似た雰囲気で、両側に柱が立ち並ぶ、天井の高い空間だった。

石化の森のホールよりはずっと高い場所にあるのに、採光がよくないのか内部は薄暗く、天井を構成する、幾重にも重なったアーチの隙間から差し込む飴色の光がその輪郭を浮かび上がらせていた。


白亜の小径は仄かな燐光を放ちながら飴色のホールの中央を進み、その突き当りの手前で、下に向かう階段となっていた。

ここまで登ってきて、、下るわけ?

アマリリスは戸惑いの眼差しをその先に凝らしたが、床に空いた大きな穴となって下ってゆく階段の先は一層暗く、見通すことはできなかった。



この奥に、「女王」が、、?


闇の口を前に困惑のていで立ち尽くすアマリリスと、その横に立つアマロックのほうに向かって、

飴色の伽藍がらんの奥から、列柱の後ろを通って足早に近づいてくるものがあった。


透き通る白い肌に、プラチナブロンドの髪をしたベラキュリアの兵卒の姿。

しかしその身は甲冑ではなく、白いワンピースドレスに覆われ、一歩ごとにフワフワとゆらめく輪郭は、

生まれながらの廃墟のようなこの場所に、怪談から抜け出てきて現れた少女の霊のようにも思えた。


滑るような足取りで少女は近づいてきて、二人の目の前で、爪先を揃えてぴたりと止まった。

白いドレスのドレープが、こちらに向かって放射を放つように揺らいでから、重力に引き戻されて少女の身の回りにおさまっていく。

それに合わせて少女がお辞儀したように見えた――いや、急停止のバランスを取るために屈んだだけだろうか。

二の腕から先が露わな腕を後ろに組んで、少女は、細い金属フレームの眼鏡越しに、ベラキュリアのアクアマリンの瞳で二人を見上げた。


「遅かったじゃないか。

それとも、ワタシが待たせたのか?

会えるのを楽しみにしていたよ。」


―― は?


「お互い多忙の身だからな。

今朝がたも一仕事片づけてきたところだ。

ここに着いてからは、全く待たされてはいないよ。」


アマロックが数年来の友人に対するような調子で応じた。

え、誰??


「キミが異能王だよね。

メチャクチャ強いって聞いたからさ、ガチムチの無双系を予想してたら、なんだかイメージと違うなぁ。。

なんだねそのだっさいローブは、、、え? ウチのが貸したの??そりゃ失礼。

それにしても何だかなぁ、こんなナリの優男にウチの旅団の命運を委ねていいものか、心配になってくるよ。」


・・・もしかして。


アマロックはアマロックで、面倒くさそうな様子を隠しもせずに言った。


「このほうが小回りがきくものでね。

イメージ違いという点ではお互いさまだろう。

この旅団の命運を誰が担うかは、これまでの実績と、これからの協議で決めればよいのではないか。」


「ふふっ。同感だ。

そして、そのほうがワタシの好みではあるがねっ。」


アマロックに送った、あどけない子どもそのままの容貌には一層妖艶に映る流し目を、少女はそのままアマリリスに向けてきた。


「赤の姫君はイメージにピッタリだね。

危うく強く、愚かで勇敢、傲慢にして内気、、」


・・・なんだこのクソガキ💢


「そしてこれほど美しいとはね。異能王も寵愛するわけだ。」


・・・あら。わかってるじゃん♪♪


「アイサツが長くなったな。

異能王殿、ワタシを紹介してくれるかね、赤の姫君と、そちらのその他大勢に。」


今さらな感はあったが、アマロックはアマリリスと、背後に居並ぶマフタル、刺青の女、ファべ子とお供の少年を順に振り返って言った。


「紹介しよう。

彼女がこの城砦の女王陛下だ。」


「女王のササユキだ。

どうぞよろしく。」


そう言って少女、この城砦と旅団の始祖である存在は、膝を折る改まった礼をした。

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