第445話 城砦尖頂部#2:空中庭園

尖塔に囲まれた峡谷をゆく登山路のようだった白亜の階段はやがて、広々とした踊り場のようなところに出た。

いつの間にか塔の林の高みにまで登っていて、城砦の外、白く輝く雪に覆われ銀の雲をまとう山々と、その足元に広がる果てしないツンドラの野が見渡せた。


白亜の階段はそこで向きを変えるとともに、幅も大きく広がっていた。

階段を左右に分ける、欄干に囲まれた中央部は遊水路のようになっていて、ノキシノブやホテイカズラといった、トワトワトでは見かけない植物の間を、こんこんと流れる水が小さな滝を作って滑り落ちていく。

踊り場からの上り口のところ、欄干に両手両足を突っ張るようにしてまたがる、巨大なトカゲ、ないしヤモリの彫刻があった。


緑青ろくしょうの地に辰砂しんしゃの斑と、やけに色鮮やかなタイルに覆われていて、こういうはっきりした飾りってヴァルキュリアの城砦には珍しい(全体の意匠が、どこからどこまでが構造で装飾なのかわからない)

と思っていたら、その顎の間から、赤熱した鉄板のような舌がちろりと現れてすぐに引っ込み、真鍮の光沢をまとった目玉が、階段を登りはじめたアマリリスにつれてぎょろりと動いた。


”生きている”


それ以上に衝撃的だったのは、この動物が明らかに『城砦の一部として』この場所にへばりつき、ほとんど身動きしないということだった。

ということは、、石造の樋嘴ガーゴイルみたいに見える、尖塔の上のあれも、、

アミガサタケの傘に似た尖塔のいくつかには、そのてっぺんに翼を広げた格好で静止している姿があった。


羽毛ではなく、皮膜を張った翼に、鋭い牙の覗く顎、尖塔に沿ってとぐろを巻く長い尾。

昨年遭遇した翼竜ヴィーヴルを小型にしたような生き物のようだった。

やはりほとんど動かないが、時おり翼を風にはためかせたり、尾の位置を変えたりしている。


オオカミたちを身動きできなくしたり、操車階層の巨獣たちを操ったり、といった動物の動きを支配する技が使われているのだろうけど、

ここにいる生き物たちは拘束されたり使役されているわけではなく、城砦そのものの一部にさせられている。

ここにいる生き物を支配している。


・・・この感じ。似ている、、、


マフタルも気づいているか、後ろを振り向いて確かめようとも思った。

しかし、バハールシタとバヒーバの悲惨な最期がどす黒い影となって心を覆い、振り返ることができなかった。


俯いて階段を登るアマリリスに、アマロックは呑気な調子で、どうでもいいようなことを訊ねてきた。


「ヴァルキュリアの播種個体を見たって言ってたよね。」


・・・?


「赤ん坊のこと。」


「ああ、お風呂場の。

それが何?」


「女の子と、男の子の比率はどうだった。

同じくらい?違ってた?」


それが何?

という気分の上に億劫だったが、アマリリスは一昨日の記憶を掘り返してやった。


「・・・違ってた。

女の子のほうがずっと多かった、男の子は、、多分4人に一人ぐらい?」


「そうか。

なら、交渉はうまくいくと思うよ。」


え?何で??



やがて大階段の終点に、この城砦の頂上を形成する建物が見えてきた。


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