第444話 城砦尖頂部#1:天空へのきざはし

石化の森――、昨日、アマリリスによって(本人はそれと知らずに)眠りから揺りおこされ、芽吹いた鉱石の草花はそのまま、今は再び百年の沈黙に戻っている伽藍がらんを横切った。


樹洞のバルコニー、出征するアマロックを見送ったテラスも、どこか昨日とは違って見えるのは、、

はっきりとは気づかないけど実際に何か変化が起きているのか、それともあたしが、この状況に緊張しているからそんなふうに見えるだけなのだろうか。


樹洞のバルコニーの突き当り、何もない行き止まりの場所に出た。

古城を覆う蔦草つたくさを連想させる斑紋が浮き出た岩壁の前で、先導する2名のベラキュリア兵卒が、岩の中に息づく存在に到着を告げるかのように、じっと天井を見上げる。


岩壁が、まるで実はそれらが岩石ではなく、何かの動物が擬態していたのではないかと思うような軽やかに滑らかな動きで、左右へ、奥へ、頭上へと退いてゆき、広々とした階段が姿を現した。

城砦の他の場所では見たことのない、雪花石膏を敷いたような白亜の階段。

屹立きつりつする巨人、あるいは天を目指して成長し続ける巨大な繭のような尖塔が林立する間を縫って、階段は一筋の雲のように天空へと続いていた。


アマロックに手を取られて、最初の段に足をかけながら、アマリリスは不安に駆られて後ろを振り返った。

マフタル、刺青の女、ファべ子と、彼女のお供の少年。

みな一様に無言でアマリリスを見つめ、こちらを力づけようとしているようにも、単に早く登れと促しているようにも見える。

アマリリスも含めた5名が、アマロックが女王との面会に指定した同席者だった。



トヌペカのユクもまた、言い表しようのない憂鬱、自ら認めざるを得ない不安を抱いて、その空中の谷を進んでいった。

異能王と、城砦女王との会合――

何であれ、得られる情報が多いに越したことはない。

群族を率いる長として、異能王から同席を求められたのは、本来好都合な話のはずだった。


しかし彼女の直感ないし本能的な怖れは、この異能王の目論見と関り合うことに、時とともに倦厭けんえんを感じるようになってきていた。

拒否することが出来たかは別として、初日の検分につきあわされたのが祟り目の発端だったのかもしれない。


今や遠い昔にも思える4日前、捕縛当日の訊問の終盤のこと。

まだ異能者としての実力も不明だった時から、この魔族は城砦女王との面会を要求していた。


「それが叶えば伝えよう、赤の女王から預かっている、お前たちヴァルキュリアへの伝言を。」


訊問を担当した兵長は、明らかな困惑を示して言った。


「当旅団始原女王は、現在では繁殖に専念する身なれば、

おそらく貴下がおもいみるが如し存在にはあらずして、、」


「もちろん知っているとも。

”女王”自体には何の権力もない、

この城砦を統治しているのは、お前たちの言葉を借りれば”私/我々”、なんだろう?」


「斯くて識りながら、女王に咫尺しせきせんとする真意はいずこに?」


「それが赤の女王の意向なのだ。

お前たちの女王に会わせてくれれば教えるよ。」


堂々めぐりになったところで、訊問は終了となった。

女王自身に何の権力もないとはいえ、城砦の最優先機能、素体錬成を担う重要人物であり、長手による狂戦士バーサーカー操縦の秘匿機構の要でもあり、

ベラキュリアとしては、異族であるアマロックをそうそう引合わせるわけにはゆかなかった。


それが今叶おうとしている。

結局この異能者は、あの手この手で自分の思い通りに事を進めてしまったわけだ。



刺青の女の後ろを、キリエラ人の少女”ファベ子”と並んで歩くマフタルは、ちらちらとしきりにファべ子の様子を窺っていた。

相変わらず、困ったように眉根を上げている額、落ち着きなく動く視線、どこか泣き出しそうな様子で引き結ばれた唇。


しかしその神経質な様子は、彼女がこの状況に動揺しているからではなく、単にそういう性格の女の子であるようだった。

もう一人の、彼女のお供の少年の方に注意が向けられているせいもあるのだろうが、これだけチラ見していても全く気づく様子がない。

すぐ側に並んで歩いているのに、マフタルのことは空気のように存在を感じていないのかも知れない。

周囲に敏感で注意深い女の子、というわけではないようだ。


こっちに気づいてほしい、話しかけてみたい。

激しいかつえがひとすくいの水を欲するように、マフタルは強く念じ、願った。

しかし、自分に今そうすることが”できない”ことも、十分に理解していた。

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