第441話 少なからず懸念していたものの

白拍子シパシクルの兵士からの又聞きの形でトヌペカのユクが知ったのは、

会談の結果、黒葛連ウパシクルは異能王が提示した終戦条項に合意し、白拍子シパシクルとの和平についても、締結に向けた検討を進めると告げた、という、重要だが端的な情報だった。


内心では少なからず懸念していたものの、やはり黒葛連ウパシクルたちは、テイネ[仮]のことを異能王には話さなかったようだ。

和平に進むにせよ、彼女たちにとって手札は多いほうが良い、わけもなく全て明かして見せるわけがない。


そしてこのまま和平が成立したなら、黒葛連ウパシクルにとってもはやテイネ[仮]の利用価値もなくなり、荒立てずに事を収めることもできるかも知れない。

――トヌペカの母が後になって気づいたように、その楽観はしかし、苦い破滅の罠を秘めていた。



赤の姫君を別にすれば、そして異能王をその陣営に迎えていながら、利害関係者の中で知り得た情報がもっとも少ないのが白拍子シパシクル、という、ある意味不思議な構図になっていた。

彼女たちだけが、「赤の女王」の正体も、「和平」が実際にどのようなものであるかも知らない。


これが自分たちにとって望ましい状況ではないことを、白拍子シパシクルも重々理解していた。

アマロックの異能を間近に、その強大さをありありと見せつけられてきた白拍子シパシクルは、彼を頼りにすると同時に畏怖し、

荒ぶる戦場の覇者として敵にぶつけること以上の関わりを躊躇し続けてきた。


その振る舞いは暗愚や優柔不断の類ではなく、過酷な異界を生き抜いて繁栄を築いてきたものの慎重さに由来するものだった。

しかし、その結果後手の対応に回っている以上、もはや状況がそれを許さないのも明らかだった。


この日、白拍子シパシクルは長らく保留してきた、異能王からの最後の条件を呑むことを決めた。

赤の女王の正体について明らかにすることの引き換えとして、城砦の始原女王との面会を認めたのである。

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