第440話 歌声と短剣

「大丈夫なの・・・?砦6コもあげちゃって。」


会合の場から城砦に戻る馬上、アマリリスはおずおずと尋ねた。

戻ってベラキュリアにどやされる展開になるのではと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。


「むしろ感謝されるさ、1コ分釣りがでたからな。」


アマリリスは居眠りして聞いていなかったが、アマロックは事前にベラキュリアから、第三堡塁に加え、12砦のうち6までは譲歩してよいという条件を取りつけていた。


「だったら最初からそれ一本で交渉したらよかったじゃん。

チェルナリアが狂戦士バーサーカーデスマッチの方を選んだらどうするつもりだったのよ。」


「それだと、やつらは1+6砦では納得せずにもっと寄越せと言い出していただろうな。

やつらがデスマッチを選ばないことは分かっていたから、踏み込んで1ターンで妥結させられたんだよ。」


「なんでわかんのよ。」


アマリリスは口を尖らせた。


「ちょっと考えれば君にも分かるよ、バーリシュナ。


例えば君が、何かやらかして悪い魔女を怒らせた、可哀相なお姫さまだったとしよう。

魔女を宥める方法は2つあって、一つは、短剣でとある人物を暗殺すること。

暗殺に成功すれば君は無罪放免、無傷で助かる。

けれど暗殺に失敗すると、君は海の泡となって消えることになる。


もうひとつは、自分の声を差し出すこと。

永久に歌えなくなるけれど、命は確実に助かる。


さぁ、君はどちらを選ぶ?」


例えが悪すぎると思ったが、自分の助命のために誰かを殺すことの寝覚めの悪さとか、

”声を差し出す”ってどうやって?? 痛いのはやだな、、

とかいったことを魔族は考えないのだ。

そのあたりを取り払うと、アマロックの理屈も飲み込めてきた。


暗殺の腕前に自信があれば短剣を選べばいい、

そうでないなら、歌声を諦めたほうが無難ということだ。


昨日の第三堡塁攻防戦で、異能王を打倒することに持てる戦力のほとんどを注入したチェルナリアは甚大な損害を蒙り、現時点で出撃させられる狂戦士バーサーカーは10体に満たなかった。

その状況でいちばちかの大勝負にでるのは無謀と考えるのが、妥当な判断というものだ。


一方でベラキュリアの側は、昨日の戦いでなけなしの狂戦士バーサーカーのほとんどを失い、まともに運用できる個体はわずか3体に過ぎなかったのだが。


「あー、それにしてもつくづくワケわかんないよ、魔族の考えることって。

和平交渉だッ、つってんのに、デスマッチで決着つけましょう、とかどっからそんな話が出てくるんだYOってカンジ。」


荒れ果てた野の上、岩山のすぐ上を掠めて飛んでゆく雲と、その間に覗く青い空を仰いだ。

こんな世界の果てで、人知れず日々戦争に明け暮れる魔族たちにも、その魔族によって囚われた不穏な境遇にある身の上にも、雲が退けば青空が広がってくる。

人にも魔族にも等しく差し掛かるその青さが、今はなんだか、お互いに理解し合うことのできない、人と魔族の断絶を映す鏡のように思えた。


「そうか?


戦争も和平も、ヴァルキュリア自身は望んじゃいない、変化を望むものなんていない。

短剣か、声か、どちらがいいって聞かれても両方イヤだよ、と思うのと同じことさ。


けれど何かを選ばないとならないなら、利益が大きい方を選んだほうがいいに決まっている。

だからヴァルキュリアは変化を怖れてもいない。

人間は違うのか?」


「・・・」


アマロックの問いに答えるかわりに、それを自分の心の声で繰り返しながら、アマリリスはまだ空を見上げていた。

アトリの仲間か、ヒバリか、名も知らぬ鳥が数羽、小さなシルエットとなって切れ間の空を渡っていった。


「鳥はいいよね、、自由で。」


ローブの背に垂らしていたフードを被り直しながら、溜め息とともに呟いた、

その呟きを、アマロックは今の境遇への不満として受け取ったようだった。


「遅かれ早かれ君も自由になれるさ、バーリシュナお姫さま

あの城砦から出られたら何がしたい?」


アマリリスはフードの陰でクスッと笑った。

アマロックがカン違いだなんて、何だかカワイイ。


「ん~~、、内緒。」


”キスしてくれたら、教えてあげるわ。”


ひょっとしたら声に出ていただろうかと思ったぐらい、ピッタリのタイミングでアマロックは駒を寄せてきて、二人はフードの陰で束の間の口づけを交わした。


”あの城砦”が次第に近づき、天の半ばを覆う巨影となって二人の上にそびえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る