第439話 和平交渉#3:提示できる2案

””こん状況が公平フェアやとは言わせまへん。””


「なるほど。一理はあるな。」


おっ、アマロックが折れた。


「一方でチートだろうがだろうが、現時点ではベラキュリアが堡塁一つ分、歩を進めているのも事実。

10でも20でも、というお前たちの挑発に乗るか否かはこちらで判断するとして、更に侵攻を進めることも、ベラキュリア陣としてはやぶさかではない。

チェルナリアにもこの会合は破談にし、再び力ずくで ――その時はおれの異能を相手に戦い、12砦を正当な戦利として獲得する選択肢はあろう。

今まで通りの戦争三昧、お互いに損耗に損耗を重ね、旅団の貴重な活力を屍の山を築くことに費やし続ける修羅の道だ。」


昨夜、アマロックが戻ってからのベラキュリアとの話し合いで感じた、ヴァルキュリアの悲愴な生きざまへの同情を思い出すとともに、

チェルナリアに対しても同じ思いを感じて、アマリリスは縋るように、白装束のうちに自らを閉じ込めた黒の戦士を見つめた。

そのローズクォーツの瞳には動揺も憤慨も悲しみも、感情の色は微塵もない。

しかし、アマロックの言葉を嘲るでも反論するでもなく、静かに聞いているのも事実だ。


「昨日、第三堡塁で提案したように、和平は、より生産的な活動におまえたちの活力を振り向けることを可能にする。

その実現に、12と1の砦の帰属が障害になっているとしたら、提示できる解決案は2つある。


第1案。お前たちの第三堡塁とともに、12のうち5つの砦を引き渡そう。

―― チェルナリアとベラキュリアで取り分に1つ差が出るが、現状でベラキュリアが優勢である以上、公平フェアな配分だと思うがね。


第2案。ベラキュリアとチェルナリアの狂戦士バーサーカー戦隊を合戦させ、勝者 ――相手を全滅させた方が13砦を総取りとする。

この時は、赤の女王の異能は使わず、お互いの長手が操縦することにしよう。

それ以外に制約条件はない、それぞれ、相手を打ち負かすに足ると思うだけの数の狂戦士バーサーカーを出すがよかろう。


破談も含めて選択権はそちらに渡すから、好きな道を選ぶがいい。


但し、先の2案のどちらかを選択して和平交渉に進むにしても、実行に移すのは和平締結後だ。

今実行して、結果に納得がいかないので仕切り直しだと言われるのはお互い面倒だろうからな。」


・・・ということは、13砦をめぐるこの討議自体はまだ和平交渉ではない、和平交渉に入るための交渉、ってことかな??

アマリリスは話についていけなくなりかけて、頭がクラクラしてきたが、チェルナリアはすんなり理解したらしい。

頭を一巡させる仕草の後に、彼女たちの代表は答えた。


「よろしおます。

第1案で進めさせてもらいまひょ。

引き渡しが和平締結後いうんも、承知いたしやした。」



和平交渉そのものは、13砦をめぐる駆け引きに比べればあっけないほど、すんなりと話が進んだ。

チェルナリアとしても初めて耳にする情報であり、アマリリスには奇妙に思えるところも多かったが、

実際にはそれは交渉というよりは、和平の目的や背景と、和平が成立した状態に関する、アマロックからの説明だったからだ。


「要するに、、、」


はじめて見る困惑の表情を浮かべて、チェルナリアの使節は尋ねた。


「赤の女王はんはほうぼぉの旅団を征服しはって従わせ、逆らうものは破滅させはると。

おそろしい御方や、まるで魔王どすなぁ。

そんな御方の軍門に降ってよう生きていかれるんか、うっとこは確証がもてへんわ。」


「2つ誤解があるようだが、まず、赤の女王はお前たちを征服などしない。

言ったように、彼女自身は自分の旅団すら持っていないのだから。

和平を強制されるという一点以外に、お前たちの活動に何らかの義務や制約が課されることはない。

そして制裁を受けることになるのは、和平を破り、彼女の一門に連なる旅団を攻撃した場合だけだ。


それでも気に入らない、赤の女王と関わりたくないというならそれもお前たちの自由だ、

それで赤の女王がお前たちを陥落させるなんてことはないから安心するがいい。

ただ、お前たちが赤の女王の連合に加わらなくても、ベラキュリアが加わる選択をしたら、状況は事実上同じことになる。

ベラキュリア以外の旅団から攻撃を受けた場合の抑止力と考えれば、悪くない選択だと思うがね。」


「―― せやなぁ、あんさんの言うことももっともや。

よろしおま、いずれにせようっとこの女王のいうんが必要なら、一旦持ち帰らなあきまへん。

前向きに検討するよって、待ってておくれやっしゃ。」


「承知した。良い返事を期待している。」



最後に、チェルナリアの使節は怪鳥の駒から降り、アマロックに向かって深々と一礼した。


「昨日は、この子ぉら、そしてこないな不徳の姐の命までお目溢こぼしくだはったこと、存外の極みどした。

遅うなりましたが、うっとこを代表してお礼申し上げやす。」


捕虜を取らないヴァルキュリアの戦場で、敗者の運命は唯一つに決まっている。

しかし、昨日の第三堡塁攻防戦で、アマロックに鹵獲ろかくされた3体を除くチェルナリアの狂戦士バーサーカー戦隊が全滅し、勝敗が決着したとき、

昨日は守護鎮台として堡塁防衛の戦闘を指揮していた彼女も含め、生き残っていたチェルナリアの兵卒に対して、アマロックは砦を明け渡して退去するように告げたのだった。


彼女たちにしてみれば、銃殺隊の前に引き出されながら、何か予想もつかないアクシデントによって処刑を免れて解放された死刑囚のような、呆気にとられたとしか言いようのない心境で、

自分たちが生かされた意味について考えられるようになったのは、中央城砦に帰還した後だった。


「だからこそお前たちを無事に帰した、生き延びてもらう必要があったのだ。

今日こうして訪れてくれたこと、ベラキュリアに代わって礼を言うよ。」


アマロックは鷹揚に、軽く片手を上げてチェルナリアの礼に応えた。


彼女が目配せすると、脇に控えていた小柄なチェルナリア兵の一人が鞍から何か取り出して長姉に渡した。


「これは、御礼 ――の品どす。

お受け取りなはれ。。」


そう言ってチェルナリアが放った、小振りのまりくらいの包みは、きれいな放物線を描いて谷を越え、アマロックの魔物の右手にすぽっと収まった。


「ほな、お暇しますよって。

おたくはんの女王様にも、よろしゅうお伝えとぉくれやす。」


重厚な着物の不自由を感じさせない優雅な身のこなしで、チェルナリアは再び怪鳥に跨り、荒れ地の尾根へと去っていった。

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