第437話 和平交渉#1:第一の条件

白装束の3騎と黒装束の2騎は、荒れ果てた山腹に刻まれた、涸れ沢のような裂け目を隔てて向かい合っていた。

破壊と再生の山にはどこにでもあるような地形だが、適当に選んだ場所ではないのが、アマリリスにも見て取れた。


谷の幅は5メートルほどあり、人であれ騎馬であれ、谷の際すれすれに立った位置から、助走なしで跳び越えることは難しい。

谷底へと向かう傾斜は急で、一度そこに降りたら、登ってくるのにはかなり苦労するだろう。

仮に相手が害意を見せて襲いかかって来ようものなら、即座に、そして充分安全に逃げ出せるように備えがされているわけだ。


そしてそれは交渉の両者について言えることだった。

もしチェルナリアの使節が、『自分たちだけの』安全に配慮するなら、先方は崖の上、こちらは崖下、という場所を選ぶこともできたはずだが、そうはしなかった。

交渉相手への配慮、対等な立場を用意したのは、チェルナリアとしてもこの先の交渉を円滑に前に進めたいと考えているのだ。



中央のチェルナリアがわずかに口を開く。

その音を聞いただけだったら、人の声だとは思わなかっただろう。

オーボエかクラリネット、それも複数の楽器を同時に鳴らしているような音が、荒れ野の風の中に鳴り渡る。

こうして発声者の口許をじっと見つめていてさえ、その音の源はどこなのか、あたりを見回したくなるほどだった。


続いて、ホルンかチューバのような低く震える声、ピッコロのように絶え間なく弾んでさえずる声が重なった。

両脇の、相変わらず俯いていて目元まで隠れている小柄なヴァルキュリアたちの口がわずかに開いているが、

やはりその唇はほとんど動かず、こんな複雑な旋律を口ずさんでいるようにはとても見えなかった。


勇者の霊を連れ去りに来た戦場の乙女ヴァルキュリアが唱う、運命を告げるコーラス、、

そんなふうに聞くこともできるが、人間の音楽には暗黙に組み込まれている装飾的な技巧が感じられず、時折、耳に馴染まない不協和音が入るあたりは、やはり魔族の言語なのだという印象がする。



アマロックがゆっくりと首を横に振った。

指揮者にダメ出しされた歌手よろしく、チェルナリアの使者たちははたとその””合唱””を止めた。


「交渉には、人間語を使う。

これが、当方からの第一の条件だ。」


3人はお互いに顔を見合わせ、中央のチェルナリアが答えた。


「差し障りあらしまへん。

そやけどこの子ぉ等はよう話さんよって、この姐はんが対応させてもらいやす。」


そう言ってチェルナリアの長姉は、重厚な白絹に覆われた自分の胸を押さえた。


クールビューティーにして、美しいが不吉な魔族語とも、ベラキュリアの格式張った物言いとも違う、

何とも柔らかく可愛らしい言葉遣い、そして仕草に、心がほころぶような感覚がした。

この相手なら、和平交渉も案外スムーズに進む、、?

いや、そんなことを期待するのは人間だけだ。油断大敵。

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