第436話 戦場の乙女ともあろう者が

城砦正面、波打つ岩の壁が、ちょうど風に吹かれた帆布のようにはためき、騎馬一頭がやっとくぐれるぐらいの口を開けた。

その吝嗇りんしょくめいた開城にはもちろん、外部から押し入ろうとする侵入者を防ぎ止める効果もあったが、

今はむしろ、城外で待つものに対して、此方こちらから大挙して押し寄せるような意図がないことを示す、ヴァルキュリア流のジェスチャーだった。


前を行くアマロックに続いて、アマリリスも波打つ岩の隙間を抜けて外界に出た。

一昨日、ベラキュリアの捕虜となって、引っ立てられるようにして登った階段を、今日は鼻長駒に騎乗し、手綱を引くベラキュリア兵にかしずかれて下るわけだからえらい違い、王侯貴族の待遇だ。

強いて言うと、二人がまとっているフード付きの黒いローブは野暮ったく、貴人のお出ましと言うよりは、小姓を伴って武者修行の旅に出る、中世の武人のような雰囲気を醸し出していた。


久々の戸外。

所々で、露に濡れ風にたなびくヤナギランの緑の葉や赤紫の花がやけに眩しく目に映る。

それ以外はむき出しの火山岩や礫が広がるばかりの、荒れ果てた野の先に、『来客』が待っていた。

その数は3騎、といっても騎乗するのは獣ではなく、ダチョウの胴体にペリカンの頭をくっつけたような奇怪な鳥だった。

中央の一人が背が高く、両側に控える二人は小柄、と背格好には差があるが、3人とも同じ装束に身を包んでいた。



・・・あっちの方が、ベラキュリアよりもファッションセンスは上かも。

鼻長駒が歩を進めるにつれて近づいてくる姿を、アマリリスはまじまじと観察していた。


黒ずくめの当方とは対称に、全身白一色の装いという点でまず、焦土の大地に忽然と咲いた白百合の花のような鮮やかさがある。

長い袖、下馬すれば地面に引き摺るであろう、分厚い裾のローブを前合わせに羽織って全身を覆い、頭には大きなフード、、かと思いきや、どうやら帽子のようだ。

彼女らの頭蓋の数倍の容積はありそうな卵型の被り物は、典礼の場で主教が戴く宝冠を連想させる。


歩数にすれば7、8歩、小さな谷を隔てた位置でアマロックは駒を止めさせ、アマリリスも横に並んだ。

この距離まで来るとわかる、前合わせの衣の襟からは、硬質な光沢の黒いコルセットが覗き、袖からわずかに出て手綱を握っている手も同質の手甲ガントレットに覆われている。

大きな白い被り物は、その下の兜を隠すためのものなのだろうと考えると合点がいく。

両脇の二人は少し俯いていて、顔半分まで隠れてしまっていたが、中央の一人は真っ直ぐに顔を上げ、被り物の作る影の中から、怜悧そうなローズクォーツの瞳がこちらを見つめていた。


黒衣のベラキュリア(あたしたちは違うんだけど)とはちょうど対称に、白装束に身を包んだチェルナリアの騎士。

戦闘はもちろん、自由な動作もままならない装いは、身に纏ったまま生涯解くことのない武装を、そのかわりに覆い包むことで交戦の意志がないことを示し、

ファッションセンスよりは、交渉の相手方の姿かたちを取り入れることで歩み寄りの姿勢を示す、これもまたヴァルキュリア流のデモンストレーションなのだった。



ベラキュリアの兵士が呼びに来たとき、異能王とその伴侶は寄り添ったまま、なおもまだ眠り続けていた。


アマロックが起き上がってもまだ寝ぼけ眼で、彼の肩にしなだれかかり、そのうち居眠りをはじめたアマリリスを、膝の上に横たえてやり、としながら、アマロックは兵士からの報告を聞いた。

日の出とともに、チェルナリアの使節が訪れ、会談を求めている。

交渉相手には異能王を指定している、と。


遠方だったり、新興だったりとまだ外交のない旅団が使者を寄越し、通商を求めることは稀にあるが、

戦争状態にある旅団が使節を送ってくるというのは、ヴァルキュリアには前代未聞のことで、昨夜の、異能王からの和平の提案や、

ユキヒツジの軍師からの助言がなければ、ベラキュリアたちは問答無用で相手を殺してしまっていただろう。


理屈としては理解しても、未だかつて実感のないために思考の進まない『和平』というものに対して、

彼女たちは一旦は結論を保留し、不倶戴天の敵からの申し出を受けることにした。

軍師の言葉を借りれば、それも手札の一枚になるだろうという判断だった。



相手方は3騎、それに応じてこちら側も、3騎以内での面会を求めていた。

指名は異能王のみで、他の2騎の人選は異能王の判断に任せる、とのことだった。


ベラキュリアとしては当然、自分たちの上位兵長を推したいところだったが、異能王の回答はにべもなかった。


「おれを指名してくるということは、彼女たちは現時点で、お前たちを交渉の相手方と見なしていないわけだ。

出ていっても、無用も緊張を生むだけだろう。

ここは、おれと赤の姫君でお出迎えすることにしよう。」


アマロックの膝枕によだれを垂らして眠りこけていた赤の姫君は、ここに来てようやくぱちりと目を開いた。


ベラキュリアたちは困惑した。

旅団の未来を左右する会合に、自分たちは蚊帳の外、というのは、ベラキュリアにとって面白い話ではなかったが、アマロックの言うことも筋が通っていた。

むしろ彼女たちが躊躇したのは、異能の二人を城外に出して自由に振る舞わせることの方だった。


「昨夜の待遇改善条項に含まれていたと思うが。」


””貴殿の支配するオオカミを2頭まで、戦場に帯同することを許可する。

これは貴殿の更なる活躍への、私/我々の期待の表明である。


「されど其は、出征なさる折のみ適用さるる条項にして、、、」


「おやおや、戦場の乙女ヴァルキュリアともあろう者が何をのたまうやら。」


言いよどむ兵士をあざ笑うように、アマロックが被せて言った。


和平交渉これも戦いに決まっているだろう。

武器を使わないというだけでな。」

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