王者の対局
第435話 箱庭の床上げ
”どうする?いま使っとくかい?”
アマロックの問いとは関係のない次元の思惑であれこれ迷っているうちに、北国の夏の短い夜は明けてしまい、
チャンスを逃したからというわけではなかったが、アマリリスは少しだけ後悔した。
アマロックの胸の上でまどろむアマリリスを起こしたのは、まだ薄暗い緑の箱庭を飛び交う、オナガに似た姿かたちの鳥の啼き声だった。
顔を上げると、昨日からやけに彼女になついている鼻長駒の母子も、向こうで平和に草を食んでいる。
アマロックは、、まだ眠っている。
アマロックの寝顔を見るなんて珍しい。やっぱりよほど疲れていたんだろう。
左の胸に残る打撲の痕に、指先でごくそっと触れてみた。
かすかだが熱を感じる。
眠っているのをもう一度確かめてから、アマリリスが唇と舌先を押し当ててみても、アマロックは身動きもしなかった。
他にもあちこちにある傷に触れないよう気をつけながら、アマリリスはぴったりとアマロックに身を寄せ、やがて自分も眠りの中に戻っていった。
安らかな寝息を立て続ける二人の傍ら、苔のカーペットに投げ出されたアマロックの右手には、閉じることのない魔物の目が開き、次第に明けてゆく白夜の薄闇の中で、その瞳にはなおも薄れることのない赤い光を灯し続けていた。
ヴァルキュリアにとって、そしてアマロックにとっても久々の休戦となったこの日、トヌペカの
夜も明けないうちから作戦室に呼び出され、昨日の、赤の姫君を監視する任務の報告と、異能王から提案のあった『和平』への意見を求められた。
もっとも1点目については、
大型兵促成階層での状況からして、娘はたしかに赤の女王の異能、秘匿機構を回避して大型兵を操作する力を持っているらしい、
そして彼女自身は自分が異能を所有することを知らず、無意識にその力を行使しているようだ。
彼女から言えるのはその程度だった。
強大な異能を発揮して娘が行ったことが、彼女がしきりに目論んでいる、城砦からの脱走や、仲間のオオカミの解放ではなく、
縁もゆかりもないキリエラ人の群族の解放だったという点を
そうやって改めて問われるとトヌペカの母も説明に苦慮し、
魔族には不可解であろうが、人間は時に感情に突き動かされてそういう突拍子もない行動に出ることがある。
珍しいことではなく、深い考えのあることでもないと、同じ人間として証言できる、という半ば押し切るような結び方になった。
一方、異能の所有を娘は知らず、使用を意識もせずに発揮している、という点については、
そういったことは、魔族には珍しいことでもないらしかった。
2点目の和平の提案に対しては、彼女は慎重に言葉を選び、事実上、何の意見も示さなかった。
あの魔族は未だに、どころか知れば知るほど底が知れない。
まさか虚心坦懐に、
一方で昨夜、古代獣の小僧から聞き出した”赤の女王”の正体を考えれば、
もちろん、トヌペカの
人間の世界では、和平が戦乱を上回る繁栄をもたらすことは歴史が証明している。
しかし和平はえてして儚く、地上には安穏の風が吹く時代にも、戦禍は地下から常に出番を窺っているものだ。
和平が破れたときに備えて、手札は慎重に残しておくべきだろう。
”軍師”としての仕事はそれで終わりで、次に依頼されたのは、昨日
テイネ[仮]の事があるので、今回はトヌペカを連れてゆくわけにもゆかず、
ある程度の危険は覚悟していたが、昨日に地上侵攻部隊が敵の猛攻を受けて退却した登山路にも、生々しい戦闘の痕跡と数多くの屍は残っていても、敵の気配はなく、
堡塁の背後に控える大火口の縁を一周りして、どうやら
偵察の間は一度も出くわさなかった
そして異能王がその対応にあたったという、想像もしなかった事態だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます