第434話 そういうとこ。
一方その頃、マフタル少年は城砦地下で一人、行き止まりの壁に手を突いて、ため息も吐いていた。
昼間の件があったので、もしや、、と思ったが、昨夜植え付けた時から、「それ」に変化はなかった。
城砦の侵入耐性は依然、堅固なもののようだ。
アマロックに言いつけられた用事は簡単に済んでしまったので、マフタルは戻ろうとしかけた。
そして、通路の先にいる人影に気づいてギクリと立ち止まった。
ヤコウタケの灯りにその顔が照らされるより早く、その長身から、相手が刺青の女だということが分かっていた。
しまった、つけられていたのか。。。
尾行を考えもしなかったのは失敗だった。
女は猛禽を思わせる目でマフタルをじろりとひと睨みして通り過ぎ、
さっきまで彼が立っていた、通路の行き止まりに立った。
「・・・」
そこを塞ぐ壁に、城砦の中枢をなす網樹の主脈が通っているということは、生まれつき網樹に縁のある者にしかわからない。
「あれ」も、見た目には何の痕跡もない。
大丈夫、、こういう年頃にはよくある、行き止まりの壁にひとりで壁ドンしていた場面にしか見えなかったはず。
解釈はさておき、果たしてトヌペカの母は成果のない検分を終え、マフタルの方に向き直った。
「・・・」
くっ、、、シロハヤブサに睨まれたレミングの気分だぜ。
でもここは我慢。
コイツとは言葉が通じない、と思っているはず。
だったらできることはガンを飛ばす以外には何も、、、
{わかってるんでしょ?}
女の言葉に、マフタルの獣の耳がはためくように動き、あっと声を上げそうになった。
その反応に、女はプッと吹き出した。
険悪な威圧感を取り払ってみると、気の良さそうな、そしてかなり綺麗なおばさんだった。
{そういうとこ。バレバレだったよ。
分かってると思うけど、きみには黙っててもらいたいことがある。
立場が弱いのはこっちなのに、こんなことを言うのは忍びないけど ――口外したら命はないよ。
いいかい?}
前言撤回・・・かなり
マフタルはバネ人形のように首肯し、女が再びステキなマダムの顔に戻っても、もう油断しなかった。
{いい子ね。
物分りのいい子、おねえさんは好きよ。
で、今度は喋ってもらいたいことがあるんだけど。
異能王はあの娘 ――赤のお姫様を使って何を企んでいるの?
「・・・ジェーブシカは、、」
{待った。その言葉は知らない。}
「
異能王は、彼女を使うことは考えていない。
ジェ、、バーリシュナは、運び役?保管所? そんな役割に過ぎないんだ。」
赤の女王が何者で、”どこに”いるのか、彼女の狙いが何で、
アマロックやアマリリスとどう関わっているのか、、マフタルは順を追って話していった。
緊張でイヤな汗をかき、ところどころつっかえたが、それぐらいで丁度いいのだ。
この女というよりは
こういう時でも、話していいこと・話してはならないことをスムーズに選別して話せる。
チートを振るうだけじゃなくて、こういうところに抜かりがないのは、さすがに異能王だ。
女は黙って、マフタルの声に耳を傾けていた。
一通り話し終わり、予想していた反問もなく、女は鷹揚にうなづいた。
切り抜けた、と思った時。
{最後にもうひとつ、これは私達の言葉で答えなさい。
質問は、言わなくても分かってるね?}
マフタルは完全に虚を突かれ、回答を吟味する余裕もなく、あらいざらいを、むしろスムーズに答えてしまった。
{・・・そういうことだったの。}
回答はトヌペカの母にとっても虚を突かれるものだった。
打ちひしがれ、うつむく異族の少年をしげしげと眺めた。
とんでもない、お前は所詮魔族ではないか。
きっぱりとその考えは捨てろ、
以前の彼女なら即座にそう言って、男勝りの拳の一つもくれてやったかも知れない。
しかし今は、何が起こるかわからない魔宮の中、状況も決して良いとは言えない、むしろ窮地。
この少年の言葉に嘘がなく―― いや、ないだろう。それを確かめるために、手話を使わせたのだ。
群族の利益になるなら、使えるものは使っておけというものだ。
{もし、、私にもしものことがあって――
その時きみに出来ることがあったら、その時はよろしく頼むわ。}
長身の女はマフタルの頭を撫で、立ち去っていった。
残されたマフタルは一人、行き止まりの壁の前で自分のやらかしたことを反芻していた。
・・・いや大丈夫、何の問題もない。肝心なことは何も知られちゃいない、
”その件”につきましては、バレたからそれがどうした?っていう枝葉、むしろ何の関係もない話なわけで・・・ッ!
で、ありながらマフタルは、一人暗がりで声を荒げ、岩壁に拳を叩き込みたくなる衝動に駆られていた。
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