第433話 箱庭の夜伽:第二夜

「やれやれー、、今日もよく働いたぜ。。」


さしものアマロックも疲れたのだろうか。

みどりの箱庭に戻ると、柔らかな葉の上に、両手足を伸ばして大の字に寝転がった。

しかしその身から発する熱は、その気になればすぐにも跳ね起きて獰猛な戦いに身を投じる力を潜めているように、アマリリスには感じられた。


あんなひどい戦いで、軽傷とはいえ、怪我だってしているのに。

うっかりすると、また涙がこみ上げてきそうだった。

どうしてアマロックが、ヴァルキュリアの戦争なんか、、、



「アマロック・・・」


「んー?」


視線は天井に上げたまま、アマロックはこたえた。


「本当は、3頭なのよね?幻力マーヤーの森に帰るために必要なのは。

あなたと、アフロジオンと、サンスポット。

あたしがいても、アカシカを狩る役には立たないものね。。」


今日も一日、ほとんど動かずにいたらしいオオカミたちを見やった。

アマロックが寝返りを打ち、ニヤリとして言った。


「ちがうな。自分達の食い扶持をかせぎつつ、1頭を余分に食わせるのに最低3頭だ。」


アマリリスはしょんぼりとうなだれ、それから勇気を振り絞って尋ねた。


「どうするの。

3頭で外に出れたら、あなた達だけで幻力マーヤーの森に帰る?

それとも、本当にここの王様のイスでも狙ってるわけ??」


アマロックは不思議そうにアマリリスを見つめた。

そのどちらも、――少なくとも現時点では―― アマロックのプランにはないということだ。


「どうして?

そうしたらもう、戦争になんか行かなくていいのよ。

―― 確かに、『和平』なんてことになればヴァルキュリアの戦争は終わるけど、そんなことアテにならないじゃん?

戦争が終わったからヴァルキュリアがあたしたちを解放するとも限らないでしょ?」


アマロックはやはり何も言わなかったが、今度は話が通じた様子だった。

アマリリスの悲観的な見通しは正しいと、アマロックも考えているのだ。


「だったら、どうして・・・」


アマリリスは三たび尋ねた。

これを訊くのは一層、そして以前に尋ねたときよりも大きな気力を奮い起こす必要があった。


「どうして、あたしを助けてくれるの?」


けれど、アマロックの答えは変わらなかった。


「きみは、美しいからな。」


アマロックはアマリリスの腕を掴んで引き寄せながら起き上がり、キスしようとした。


「だから、そうやってはぐらかさないでっ、、」


アマリリスは弱々しく怒鳴りつけ、顔を背けてアマロックを突き飛ばした。

アマロックはげらげら笑いながら床に転がり、今度はこちらを向いて横になった。


透光地下茎植物リトープスを通して地底に滲み込んでくる白夜の光に、アマロックの瞳が幻惑の光を帯びて見えた。

魔族の金色の目にじっと見つめられ、アマリリスは視線を落とした。


「本当だよ。きみは綺麗で、美味しそうで、面白いお姫様だ。

こんなダサい蟻塚に置いていくのは惜しい。」


「ふんっ」


嬉しさに高鳴ってしまう胸を抑え、精一杯のつんけんした態度を作った。


「魅力的なのは、単にあたしが女だからでしょ。

女だったら、ハーレムできれば誰だっていいくせに。」


単にあたしの体でしょ、と言いたいところだったが、さすがにあばずれ過ぎる気がして、口にするのは憚られた。


「いいんだよ? アマロックの好きにしてくれて。

狩りでも役に立たない、囚われの身になって異能王さまに守ってもらうだけの、お荷物お姫様なんですから。」


自暴自棄でも装わないととても言えないからそんな言い方をしたのだが、アマリリスの本心はそうではなかった。

アマロックの言葉だけで、この先どうなっても構わないと思えるほど嬉しかった。

ただ自分を差し出そうとしたのは、自分を守るために戦い、傷ついているアマロックに、できることがあれば何でもしてあげたいと思ったからだった。


「まぁ、そのうちにね。」


アマロックはアマリリスの手を取り、こんどは優しく引き寄せた。

そうなると、アマリリスには抵抗する力がなかった。

暗がりの中で唇が重なり、覆いかぶさってきたアマロックの胸に乳房が押し潰される。

鼓動が激しく打ち、息が苦しくなった。


えっ、本当にする気!?(言っておいてなんだけど)こっ、心の準備が。。

素早く周囲を見回すと、マフタルや、ファべ子母子たちの姿は見えないけれど、アフロジオンやサンスポットが見てる前ではさすがに。。。


やがてアマロックの唇は、アマリリスの唇のうえに、離れがたい未練だけを残して離れていった。

羞恥で真っ赤になった顔だけは断じて見られまいと、アマリリスはその胸にすがりついた。


「ここは、うかうかしていると雪に閉ざされる場所だ。

そうなるまえにアカシカは、おれたちが探している群もそうでないのも一斉に山を降りて、追いつくのは難しくなる。

逃げ出すチャンスは来年まで待たなきゃならない。

そうなった時には、改めて考えてみてもいいだろう。


でもそのチャンスはいつ来るかわからない、明日かも、今晩かも。

その時に足腰立たなくて歩けません、なんてことになってたら困るだろう。

使うべき時まで取っておきな、それは君が持っている数少ない切り札だ。」


「?

何であたしが腰抜かすことになってんのよ??」


自分の意図とは別のことをアマロックは話しているのだろうかと疑って、アマリリスは尋ねた。


「その時になったら教えてあげるよ。

もっとも、」


アマリリスの体を抱きかかえたまま、アマロックは横向きにぐるりと半回転した。

こんどは自分が相手に覆いかぶさるような格好になったアマリリスに、魔族は相変わらずよく分からないことを言う。

しかし、アマリリスの意図は伝わっているようだった。


「チャンスはどんな形でやって来るかわからない。

前髪だけの存在で、それも目には見えない。

実は今ここにいるんだとしたら、君にとっては切り札の出し惜しみってことになるな。


どうする? いま使っとくかい?」

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