第431話 異能王の帰還#2

やがて刺青の女も呼ばれ、アマロックを中心に、石化の森のホールは即席の作戦会議室のような雰囲気を帯びてきた。

アマリリスの注文よりも先に届いた食事を頬張りながら、アマロックは滔々と語った。


「明日もどこかの堡塁に出向いて戦ってこい、とおまえたちが言うならそうしよう。

おれの艤装を直しておいてくれればな。

人手不足なら、明日の手駒は戦場で調達することにしよう。

しかし得られる成果は、――これは我ながら力不足で不甲斐ないが、良くて今日と同じようなものだろう。

もう一つ堡塁を落として、お前たちにそこも防衛するだけの余力があるとすればだが。」


「然らば、何ら妙案がおありか。

攻勢で趨勢が決するが戦の恒。火焔雨がもたらせし芳しからぬ情勢にある私/我々が軍をして、黒き旅団が侵攻を退けせしむ道は、

対抗し得る猛襲より他にあるとも思えぬが。」


そしてアマロックの異能は、大戦力にぶつける電撃戦でこそ最大の威力を発揮する。

仮にどこかの堡塁の防衛を言いつけたところで、『並の』狂戦士バーサーカー戦隊を大して上回る働きはできないだろう。



アマリリスは、彼女にとって怨敵でもあるベラキュリアを、初めて同情の心で見つめた。

優勢でも劣勢でも、ヴァルキュリアの感情は何も動かず、その口ぶりは静かなものだ。

しかしその言葉の意味は悲愴であり、綻びを繕えなくなった計画を曲げることもできず、薄いと分かっている望みを託して突き進むしかない。

――同じ魔族でも、一人で生きているアマロックとは違って、自分以外に守るべきものがあり、それを捨てることもできないから。

その行動原理の一点において、これほど異質な彼女たちは人間にそっくりだった。


「それはおまえたちが、戦う以外の道を知らんからだ。

滅ぼすか、滅ぼされるか。それ以外の選択肢を持っていないからそういう考えしか生まれない。

――いや、訂正しよう。

この調子だと、選択肢は後者一択の見通しだな。」


挑発とも受け取れるアマロックの言葉に、ベラキュリアの兵長は気を悪くした素振りもなく、

強いて言えば、同じ質問を繰り返すことへの戸惑いを含んだような様子で尋ねた。


「重ねてお尋ね申すが――されば、何ら妙案がおありであろうか。」


「僭越な返答ではあるが――いかにも。

妙『案』としては単純明快なものだ。

戦いを停止し、お前たちの敵にも停止させればよい。

おまえたちが敵を滅ぼす好機を失うことになるが、同時に敵に滅ぼされる危機も去ることになる。

人間の言葉では『和平』と呼ばれる状態に持ち込むことだ。」


初めて分数の授業を受けた小学生のように、戦争の乙女ヴァルキュリアたちははたと困惑した。

根気強い先生のように、アマロックは話を続けた。


「もちろん、言葉自体に何ら実体はない。

和平のを作り出し、さらにそれを安定的に維持すること、それらは通常、非現実な困難を伴う。」


仮にヴァルキュリアに和平を望む心があったとしても、それが末永く続くことは期待できない。

協調による相互発展は来年の利益を5倍にするかもしれないが、戦争の勝利は明日の利益を倍にし、敗北は一切を失うことを意味するからだ。

だからこそおまえたちは女戦士ヴァルキュリアであり、戦争は優先度において他を圧倒するおまえたちの最重要事業なのだ。

という趣旨のことを、アマリリスにはやや回りくどく感じる丁寧さでアマロックは説明した。


「だからおまえたちベラキュリアとチェルナリアが、おまえたちだけの相対取引で和平交渉を行ったところで、そもそも和平が成立しないか、成立したとしても翌日には覆される無意味な空手形にしかならんだろう。


和平条項そのもの以上に重要なのが、和平を強制する状況、たとえばどちらかが和平を破棄し、他方を攻撃しようとすれば、

それによって得られる利益を帳消しにしてなお足が出るほどの損害を蒙る、そのことが確約されている状況。

こうなったら、お互い損害を恐れて、相手に手出しをしなくなるだろう。

これが安定的な和平の状態だ。」


ベラキュリアはここにきてようやく、分数の何たるかを理解し、その巧緻こうちに魅了された小学生の顔になった。


「成程御高説ありがたく承った。

されど貴殿の申される『和平を強制する状況』、こはいかに示現されるおつもりか。

かかる具象の策なくば、畢竟画餅に過ぎぬと心得るが。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る