第428話 赤の姫君の待遇改善#1

「それ」はまるで、遠い天体の合一によって生じた爆轟ばくごうが、星々の軌道を揺るがし、宇宙の深淵へと拡がっていったかのように、

目に見えず隔壁に阻まれることもない作用によって、城砦全体にちょっとした動顛どうてんを巻き起こした。


操車階層では、網樹によって制御されているはずの貨車巨獣が暴れ、積載された荷を撒き散らして走りだし、階層の壁に激突して大穴を開けた。

石化の森のホールでは、石柱に開いた魔物の目の照明が破裂し、中から蕾をつけた鉱物の茎葉が伸長してきて、花を咲かせた。

それは、アメジストの紫に透ける花弁のクロッカスだったり、ラズライトの青をたたえたベラドンナであったりした。


しかしそれらの異常も、いわば不発に終わった信管の散らした火花のようなものであり、城砦は程なくして平静を取り戻した。



誕生とともに不穏な破壊を振るっていた狂戦士バーサーカーは、網樹の檻に人が出入り出来るほどの大穴を開けたところで、力尽きたように動かなくなった。

しかし囚人の方は脱走どころではなく、壁の中に潜り込もうとするかのように、土牢の奥にへばりつき、寄り合って固まっている。


鼻長駒の母親はプルプル震えながら棒立ちになり、仔どものほうはすっかり怯えて母親の腹の下に頭を突っ込んでいた。

悪いことしたな。。。


マフタルまで、プルプルしながらあたしの腕に縋り付いている。

なんだこいつ、使えねぇ💢

アマリリスはその体を邪険に肘で押しのけた。



主任錬成技官と衛兵が、彼女たちの言葉で話し合っていた。

まずいことになった、とトヌペカのユクは内心気を揉んでいたが、やがて2名の衛兵が近づいてきて、

先ほどとは打って変わったうやうやしい態度でアマリリスに尋ねた。


「他にご要望はおありか。」


「・・・はぁ?」


学校の先生に叱られるのを待っているような、ばつの悪い心地でいたアマリリスは、刺々しい口調で答えた。


「天険の眷属は貴殿により解放されにけり。

私/我々の力添えらるる件他にあらざれば、好きにお連れになるがよかろう。」


それだけ言って、衛兵は自分の持ち場に戻っていった。

おっかなびっくり牢から出てきたキリエラ人を引き連れて、去っていくアマリリスたちの後ろ姿を、主任錬成技官がじっと見つめていた。



「やーー、びっくりしたねっ。急に暴れだすんだもん。

でもみんながあそこから出られてよかったね、おばさん。」


そうね、その点はあなたに礼を言わなければだけど。

横車を通して上機嫌のアマリリスを、トヌペカの母はしげしげと眺めた。


さて、どういうことなのだろう。

「赤の女王」の力なるものについて、また、異能王がそれを娘に隠している事情について、もっとも可能性が高いと見ていた仮説、

単にこの娘はそんなものを保持していないのだ、という考えはあっけなく否定された。

そして確かにこの娘は、自分の力のことを知らず、自分が羅刹パヨカカムイを動かしたことにも気づいていない。


またも、異能王の言葉通り。

女は理解を超えたものを前にした無力を感じずにはいられなかった。

情報提供は惜しまないように見えて、その実何も本質を語ろうとしない化生けしょうの筋書き通りにことが進むのでは、その異能の正体をさぐる糸口など一向に見えてこないように思える。


しかし、この一件こそが異能の綻びであったことに、まだ彼女は気づいていなかった。

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